02 柳1 「仁王って外にいたがるよね」と前を歩く幸村が言った。 「太陽苦手なくせにね」 ほら、と立ち止まった彼が指差した先に、銀髪の後頭部が見えた。 中庭の大きな樹の下で、木陰に身体を納めようとしたのか、丸まって寝転がっている。 「よくこんな暑い日に外でお昼食べようと思うよ」 幸村は呆れたように肩をすくめると、また歩き出した。 「残暑って残暑って、一体いつまで残れば気が済むんだろ。今九月だよ?暑すぎ」 「今年は特に気温の高い初秋のようだな」 「異常気象ってやつ?」 「地球温暖化だからな」 「ていうか、あいつ、ちゃんとごはん食べたのかな」 「二週間前から、夏バテだと言っていた」 忌々しそうに顔をしかめて言ってきた仁王の顔を思い出しながら、柳は答える。 「なが。でも二週間前か。仁王も仁王なりに責任でも感じてんのかね」 幸村がちゃかすように言った。 しかしすぐに真剣な眼差しになる。 「そんなら、俺はどうなんのって感じだけど。青学に負けたのは、仁王のせいというより……」 「俺だって関東大会で負けたぞ」 幸村の言葉を遮って、強く言い放った。 「赤也だって負けたし、弦一郎だって負けた。必ず無敗で待つと、精市に約束したにもかかわらず」 夏の大会で青学に負け準優勝に終わったのは、幸村のせいじゃなかった。 もちろん自分のせいでもない。 誰のせいでもなかった。 ただ力が及ばなかった。 しいて言うなら、青学のせいだ。彼らの強さの前に敗北した。 幸村は何も言わず、ただ困ったような笑顔を向けてくるだけだった。 誰の責任でもない、と彼も分かっているはずだ。 しかし、分かっていても割り切れるものじゃない。 それは柳も同じことだった。 三年間かけてきたものが、一瞬で終わってしまったのだ。 だからこうして、大会が終わって二週間が経ち、学校が始まった今でも蒸し返しては、着地点のない話をしている。 レギュラー陣の誰もが、まだあの夏に心を置き忘れている。 いつまでも残っているのは、暑さだけじゃなかった。 「まあ、仁王の夏バテは、単に暑さに弱いだけだろうな」 「だったら外に出なきゃ良いのに。仁王の場合、好んで外に外に行ってるから、不思議でしょうがないよ」 確かにそうだ。 幸村が言うように、仁王は外にいたがる。 いや逆だ。どちらかというと柳の目には、中にいるのを避けているように見えた。 中にいるのが嫌だから、せめて外にいようとする。 好んでいるのではなく、消去法だ。 どこにいても、仁王は生きづらそうにしている、そんな風に見えた。 それが思春期特有の暗さなのか、彼自身が元々持っているものなのかは分からない。 前者であれば良いな、と思った。 でなきゃ可哀想だ。 そう思ってから、「可哀想」とは随分とおこがましいと思い直す。 そもそも勘違いかも知れない。 生きづらそう、だなんて、絶対的な評価を勝手に下すのは、それこそおこがましい。 「授業さぼってる時も仁王って屋上にいるじゃん。俺だったら行かないな。うちの屋上って風通しも悪いし。保健室にいる方がずっと良いよ」 幸村は立ち止まり、ドアノブを回した。 空いたところから、一気に涼しい空気が流れてきた。 「ほら、こっちのが断然快適。匂いは嫌だけど」 同意を求めてくる幸村に、柳も頷いた。 なぜさぼり中の仁王の行動を幸村が知っているかについては、つっこまないでおく。 「弦一郎はまだ来ていないのか」 クラスにいなかったから、先に来ているのかと思っていた。 「誰かに呼び出されでもしたんじゃない?先生に用事を頼まれたとか。真田ってそういうのよく頼まれるじゃん。そのうち来るだろうし先食べてようよ。俺、今日のトップバッターだし」 グリーンの安っぽいビニール張りの長椅子に腰かけて、幸村は早くも弁当箱を広げている。 隣に座り、同じように膝に弁当箱を置いた。 群青色の風呂敷の結び目を解く。 スピーカーから音楽が流れてきた。 放送委員が毎週月曜日と金曜日に行っている、お昼の放送が始まった。 仁王はきちんと、昼食を取っているだろうか。 [←] | [→] |