07 柳3 机に向かいながら、昨日の仁王とのやり取りを思い出す。 仁王の言葉がずっと頭に残っている。 廊下の向こう側で、保護者と話していた仁王がこちらを指差してから、走ってきた。 真田がいれば「廊下を走るとはなにごとか!」と怒り出しそうだ。 柳も一応はたしなめておく。 「廊下を走ってはいけないな」 仁王は肩をすくめただけだった。 「とっくに帰ったかと思った」 「最初はそのつもりだったんだがな。あんなことを言われては帰れない」 「あんなこと?」 仁王はわざとらしくとぼけた顔をした。 「高校に行かないというのは本当か」 「じゃな。俺ん中ではもう決まっとる」 「テニスはどうするんだ?」 答えが分かっているにも関わらず、柳はそう訊かずにはいられなかった。 高校に行かないということは、もう部活としてのテニスは続けない、と決めたんだろう。 仁王の言葉には強い意志を感じた。 「やめるじゃろうな」 「人ごとのように言うな」 思わず語気が強くなる。 勝手なことを言うな。 そう言いたかった。 弦一郎や赤也なら言ったかも知れないな、と柳はぼんやりと、それこそ他人事のように思った。 確かに憤っているのに、まだどこかに冷静な自分がいて「そんなこと言ってもどうにもならない。仁王本人が決めたことを変えられるわけない」と囁くのだ。 「最後に優勝できたら良かったんにな」 仁王が小さく呟いた。 柳の方をうかがうように見ていたが、やがて何も返さないのを認めると、「じゃ、俺もう帰るけえ」と行ってしまった。 柳は廊下の隅に立ちつくしていた。 中学生活の部活は終わった。 それはテニス部だけでなく、他のどの部活もそうだ。 立海の生徒はほとんどがその上の高等部に進学する。 その際に部活をやめる生徒だっている。 そんなことは、柳も分かっているはずだった。 それなのに、今年の夏を戦ったメンバーのうち誰かが抜けるなんて、考えたこともなかった。 七人全員がそのまま高等部に進学し、また同じようにテニスをするのだと信じて疑わなかった。 何かが終わっていく、そして変わっていく。 柳は、自分がいつまでも甘いことを考えている子どもだと、思い知らされたような気分だった。 本当の本当に、今年が最後の夏だったのだ。 「最後に優勝できたら良かった」 そう呟いた仁王の声が頭にこびりついて、いつまでたっても消えなかった。 [←] | [→] |