魔の神 | ナノ




約束の時間ぴったりに、私は十九階の柳くんの部屋のベルを鳴らした。
すぐにドアが開き、柳くんが出迎えてくれた。
部屋の中は美味しそうな匂いでいっぱいだった。
テーブルに二人分の食事が用意されていた。

柳くんの言った通り、鰤大根にはしっかり味が染みていて美味しかった。
その他の料理も、柳くんらしい繊細な味付けで、私はとても気に入った。
「味、薄くなかったか?」
向かい側に座った柳くんが言った。
「ちょうど良いです」
「良かった」
とほっとしたように息を吐く。

「そういえば、柳生と二人きりで食事をするのは久しぶりだな」
と思い出したように柳くんは言った。
「二回目ですね。最初は…」
「柳生が初めてここに来た時」
「ええ。あの日もこうやって、二人で、部屋で食事を取りましたね」
と私は言った。
もちろん、その時は手料理ではなく、十階のレストランからデリバリーされたものだったけど。
良ければ一緒に食べないか、と言った柳くんに、私は警戒心を抱きながらも、構いませんと頷いた。
彼と話してみたかったからだ。
思えば、私は最初から、柳くんに惹かれていたのかも知れない。
自分でも無意識のうちに。

食事を終えると、柳くんは緑茶を淹れてくれた。
お土産にもらったんだ、という花の形をした生菓子をお茶うけに。
私達は長いこと話し込んだ。
部屋の時計が十時を過ぎた頃、私はそろそろと腰を上げた。
もう少しいたかったが、あまり長くいすぎても失礼だと思ったので、話がちょうど良く途切れたところで、別れを告げることにした。
私がお礼を述べると、こちらこそありがとう、と柳くんは柔らかい笑みを浮かべた。


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