魔の神 | ナノ




廃墟になった学校の屋上に、魔の者はいた。
犬のような形をしたのが、二匹だ。
「キタ」
「キタよ」
「嫌ナ奴キた」
不思議なリズムで喋るその声は、小さな女の子のようだった。
腹を満たしているのが分かる。
生々しい人間の生気の匂いが漂っている。
「何しにキタ」
「帰レよ」
「カエれ」

「随分と食っちょるのう…」
仁王くんが肩をすくめた。
その前にいる切原くんは、やや緊張しているように見える。
私は仁王くんの横、切原くんから一歩下がった位置にいた。
柳くんに言われていたからだ。
とりあえずは一人でやらせて、だめなようだったら手を貸すようにと。

「ほれ、さっさかやりんしゃい」
けしかけるように、仁王くんが切原くんの尻を叩いた。
「お、おい!お前ら!」
「切原くん、わざわざ話しかける必要は無いんですよ」
「あ、まじッスか」
彼は照れたように頭をかいたが、すぐに魔の者の方に意識を戻した。

ヒューヒューと、風の吹く音がした。
と思ったら、それは切原くんが深呼吸をする音だった。
大きく息を吸う切原くんの肩が盛り上がる。
そして、吐く、と同時に地を這うような、低い唸り声が聞こえた。
魔の者なのか、切原くんなのか。
どちらにせよ、それが引き金になったかのように、切原くんが地面を蹴り、魔の者に向かって行った。
いや、向かうというよりは、殴りかかるようだった。
次の瞬間には、魔の者の身体が跳ねていた。
馬乗りになった切原くんが、魔の者のへその辺りに噛みつくのが見えた。
身体の中心に近い程、生気を閉じやすいからだ。
ギイイ、と金物同士を擦り合わせたような、嫌な音がした。
生気の匂いが、徐々に消えていくのを感じた。

「…柳生」
仁王くんが私の方を見る。
視線がぶつかる。
「分かっています」
仁王くんと私の横をすり抜けて、出口へ逃げようとしたもう一匹の魔の者の背中を掴んだ。
背中の肉を引っ張られるのが痛かったのか、魔の者はまた、ギイイ、と鳴いた。
「これにて遊びは終わりです」と私が、「プリ」と仁王くんが口ずさむように言った。
呟くように小さなその声は、閉じることに夢中の切原くんには聞こえていなかったに違いない。
私が捕えた魔の者の肩を、仁王くんが掴み、力を入れた。
閉じたな、と私は思った。
仁王くんの周りを、淡い光が包み込んだ。
その姿がまるでケモノのように見えたなどと。
私は頭を振って、そのイメージを振り払った。


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