魔の神 | ナノ




「というのが、私がここで働くことになったいきさつです」
私が言うと、前に座っている切原くんは、ふんふんと興味深げに何度も頷いた。
「へほろはあ」
「口の中のものを飲み込んでから話してはいかがですか?」
「ふぁい」
と言って、切原くんは水を引っ掴んで、口の中のカレーをごくんと流し込んだ。

ビルの真ん中、十階のレストランに私達はいた。
十階には大小様々な飲食店があり、幸村くんの元で働く人間は、ここで食事を取ることがほとんどだった。
飲食店で働いているのは、力を持っていない人達で、彼らは私達が何をやっているのか知らない。
ビルの一階から九階には、会議室や大きな図書室、その他娯楽施設があり、十階から上には私達の暮らす部屋がある。
ホテルのようなところだと思ってくれて良い。
ただし、十一階より上になると急にセキュリティが強化され、力を持つ私達以外は、警備員さえ入れないようになっていた。

私がここで働くようになってから、早くも二年が経とうとしていた。
その間、数え切れない程の魔の者を閉じてきた。
その中で分かったのは、魔の者にも様々な種類がいるということだ。
臆病な者、喧嘩っ早い者、頭の良い者。
魔の者それぞれに、人と同じような個性があるのだ。
姿形も様々だ。
以前私の生気を吸った魔の者は、人の形をしていたが、そうじゃない者もいる。
鳥の形、蛇の形、到底生き物とは思えない形の者も、実体を持たない煙のような者もいた。
多くの力を溜めこみ、話すことが出来る者もいた。
狼の形をした者に、「その眼鏡、イカすな」などと言われたこともある。
その者は閉じる前に逃がしてしまった。

「てことは、柳生先輩は神様に会ったことがあるんですね!?」
カレーを飲み込んだ切原くんが言った。
「良いなあ!」
「そおかあ?」
と言ったのは私の横に座った仁王くんだ。
仁王くんとはよく一緒に仕事をしている。
コンビになることが多い。
相性が良いからだ、というのは柳くんの言葉だ。
ちの相性が良い、と。
ち、とはまさに血のことであり、更には地のことだった。
魔の者に個性があるように、どの土地で生きてきたか、どんな人間の生気を吸ってきたかで、私達にとっても、閉じやすい者、閉じにくい者がいる。
私と仁王くんは、閉じにくい魔の者も、閉じやすい魔の者も同じ。
つまり、ちが同じだった。
そのため、私達は私達にとって閉じやすい魔の者を、二人一緒に閉じに行く。

「神様ってどんな人なんですか?」
切原くんが興味津々といった様子で、身を乗り出してくる。
隣の仁王くんが若干引くのを感じた。
「お優しい人ですよ、幸村くんは」
「へえー」
「ちゅーか、神様ちゅうんやめんしゃいよ。気色悪い」
「え、でも、みんなそう呼んでるじゃないッスか」
「みんな気色悪いんじゃあ、ここのやつら」
心底嫌そうに、仁王くんは顔をしかめた。
「…まあ、私も概ね賛成ですね。仁王くんに」
「じゃろ」
と仁王くん。
「ええー」
と切原くん。
「幸村くん自身が、あまり神様と呼ばれたくは無いようですから」
「でも俺、会ったことないんですもん!」
と切原くんは言った。

そうだ。
会えないことが、幸村くんを益々神格化させていた。
去年の暮れから、幸村くんとは急に会えなくなった。
それまでは、最上階のあの部屋をノックすれば、いつでも優しい笑顔で出迎えてくれたのに。
今はもう、あの部屋どころか、最上階さえほとんど誰も近づくことが許されない。
唯一幸村くんに会えるのは、柳くんと、同じく幸村くんの側近の真田くんだけだった。
神様は重い病気にかかっている、というのが概ねの意見だったが、私達は何も知らされていなかった。

「ま、んなことよりそろそろ行くか?」
と仁王くんが立ち上がった。
「も、もうッスか!?」
「なんじゃあビビっとんのか」
「まさか!むしろワクワクしてます!」
切原くんは元気良く答えた。
今年に入ってここにやって来た彼にとっては、今日これからやるのが初仕事だった。
私と仁王くんはその教育係に任命されてしまったのだ。
といっても、大体の知識や訓練は、柳くんが教えてくれたようなので、私達に特にすることは無かった。
「見守ってやってくれ」と柳くんは言った。
そして、「仁王はきっと役に立たない」とも言っていた。
私は熱いお茶を一口飲んでから、会計に向かっている二人の後を追った。


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