「あそこには神様が住んでいるんだ」と運転席の彼は言った。 彼のその言い方には、宗教じみた熱っぽさも、冗談を言っているような軽さも無かった。 私は横向きで後部座席に収まり、寒気にがたがたと震えていたので、彼の言うあそこがどこを指しているのかは分からなかった。 神様が住んでいたのは、二十階建てのビルの最上階の一室だった。 髪も目も深い青色をした神様は、顔は女の人のようにも見えたが、声は男の人のようにも聞こえた。 「蓮二、彼かい?」 神様は運転手の彼に向かって言った。 彼は蓮二というのか。 そういえば、私は彼の名前を聞いていなかった。 蓮二と呼ばれた彼は、私をすぐ近くのベッドに横たえると、「そうだ」と短く答えた。 神様は私の顔を覗き込み、にっこりと笑った。 「こんばんは。長旅御苦労さま。蓮二の運転はどうだったかな?」 「精市」 「ああ、分かってるよ。俺は幸村精市。ちょっと失礼」 神様はそう名乗ると、私の着ていたシャツを捲り、心臓の辺りにふうっと息を吹きかけた。 その瞬間、私の中にみなぎるようなエネルギーが湧いてきた。 さっきまで感じていた寒気はすっかり収まり、身体の底からじんわりと温かくなっていく。 震えが無くなったので、私はゆっくりと身体を起こした。 「あの…私は、一体…」 「その前に自己紹介してよ、柳生比呂士」 「…ご存知じゃないですか」 不貞腐れたような言い方をしてしまう。 「粗方のことはね、そこにいる蓮二に聞いたんだ」 ベッドの横にいる彼が微笑む。 「柳蓮二だ」 「はあ」 「君のことを少し調べさせてもらった」 「…そうですか。…あの、それで私は…」 「魔の者に吸われていたんだ」 と彼は言った。 「は?」 思わず声が漏れた。 何が?何を? …そもそも何に? 「魔の者、とは…?」 「なんだ、蓮二、何も話してないの?」 「話せるような状況では無かったんだ」 柳蓮二は私に向き直ると、淡々と話し始めた。 「この世に蔓延るケモノの類、とでも言えば良いか」 「ケモノ…」 「俺達はそれを魔の者と呼んでいる」 私は今日、自分の前に現れた者のことを思い出した。 それは人の形をしていたが、私は真っ先に人では無い何かだと感じ取った。 私の直感は正しかったようだ。 その者の目を見たところまでは覚えているが、そこから先、自分がどうなったのかさっぱりだった。 意識が戻って来た時には、既に柳蓮二の車に乗っていたのだ。 「魔の者は私に何をしたんですか?」 「生気を吸ったんだ」 「生気…?」 「人間の身体に溜まっているエネルギー、と言ったところか」 何も分からない私には、その説明は不十分だった。 しかしそれ以上、何を聞けば良いのかも分からなかった。 柳蓮二は続ける。 「魔の者に生気を吸われても、滅多なことで無い限りは死なない。魔の者が人間の生気を全て吸い尽くすことは出来ないからだ。ただ、吸われ過ぎると、先ほどのお前のような状態になる」 柳蓮二は私をじっと見つめた。 「ただ、放っておいても治るんだ。時間はかかるが。だから今回のような場合、わざわざ精市に会わせるような真似はしない。なら、なぜ俺がお前をここに連れて来たのか」 本題に入ろう、と柳蓮二は言った。 本題? 「この世には、閉じる者と開く者がいる」 閉じる者?開く者? また新たに出てきた単語に、私は頭がこんがらがるのを感じた。 「精市は開く者。俺は閉じる者。そしてお前も閉じる者だ」 「…一体何を開き、何を閉じるのですか?」 「魔の者の生気だ」 「魔の者も、人間と同じように生気を持っているのですか?」 「持っている」 「それを閉じるとどうなるんですか?」 私は自分の中で出た答えを確かめるように、訊ねる。 「先ほどのお前と同じような状態になる」 やはり。 「ただし、魔の者が人間の生気を吸い、自分の中に蓄えるのに対し、俺達は吸われたばかりの生気を魔の者の中に閉じ込め、使えないようにする」 「それが、私にも出来ると」 「精市がそう言ったのだから、そうなんだろうな」 そう言って、柳蓮二は横にいる幸村精市をちらりと見た。 私もそちらに目線を向ける。 「あなたは開く者なんでしょう?」 「そうだね」 と幸村精市は答えた。 「ということは、閉じる者とは逆に、魔の者に生気を与えることが出来るのでしょうか?」 「近いね。でもちょっと違う。俺は生気を増幅することが出来るんだ」 「魔の者だけでなく、人間のものでもな」 と言ったのは柳蓮二だ。 ということは、さっき幸村精市は、少なくなった私の生気を増やしたというわけか。 「生気を自在に操ることが出来る。だから精市は神様なんだ」 柳蓮二の言い方は、やはり淡々としていた。 [←] | [次へ→] |