魔の神 | ナノ




エレベーターを待っている間に見失ってしまうのではないかと危惧していたが、ビルを抜けてすぐのところで、柳くんを発見することが出来た。
息を殺し、注意深くその背中を追う。
車に乗られたらどうしようかと思ったが、その心配もなかった。
柳くんは歩いてどこかに向かっていた。
真夜中の静かな道路に、彼の履いている革靴の立てる足音だけが、異様なくらい耳に響いていた。

二十分くらい歩いたところで、柳くんは足を止めた。
小さな神社の前だった。
『本日の拝観時間は終了しました』
と書かれた立て看板の横を、彼は迷う様子も無く通る。
神社は小さく、すぐに通り抜けてしまった。
柳くんが再び足を止めたのは、裏の空き地だった。
神社を通るのはここへの近道なのか。
私は、柳くんはここへ来るのに慣れている、もしくはここへの道をきちんと調べていたんだ、と思った。
空き地はきちんと管理されていないのか、草木がぼうぼうと覆い茂っていた。

そこで私は、空き地に誰かがいることに気がついた。
柳くんは真っ直ぐに、その誰かに近づいていく。
私は大きな石像の陰に隠れて、神社の敷地内から二人の様子を窺っていた。
ここからだと、話し声ぐらいは薄っすら聞こえるが、顔までは暗くて見えない。
しかし、その誰かが仁王くんじゃないことは分かっていた。
あれは人間ではない。
魔の者だ。
私は仁王くんのように(それが本当なら)鼻が効くわけでは無かったが、直感的にそう感じていた。
そしてそれはすぐに証明される。
「食いに来たのか」
そう言った声が、いつか私の眼鏡を褒めた、狼の形をした魔の者の声だったからだ。

しかし、食う、とは?
何を?
魔の者をだ。
誰が?
柳くんがだ。
私の頭の中に湧いた疑問を、私自身が解いていく。
そして、怖ろしい結論が降ってきた。
「…あっ」
私は思わず声を漏らしていた。
すると、目の前で睨み合うようだった二人が、同時にこちらを向いた。
「誰だ」
魔の者が言った。
カチカチと牙を鳴らす音がした。
逃げられない、そう思った私は、自分から二人の元へ出て行った。
「…柳生」
柳くんは私の姿を認めると、参ったな、というように微笑んだ。
参ったな、知られてしまったか、というフリをして。
私がつけていたのを知っていたくせに。

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