一週間後、私が再び、夜中外に出ようと思ったのは、決心がついたからというよりは、嘘であってくれ、と願っていたからだった。 どうかあの夜のことは、私の見た幻であってくれ、と。 それともう一つ。 もう一度決定的な場面を見れば、完璧に打ちのめされて、柳くんのことを諦められるかも知れない、と考えたからだった。 どこで待ち伏せるのが最適かと頭を捻った結果、私は十九階の廊下にある、共同のトイレの中を選んだ。 十九階には各自の部屋があり、部屋の中にはそれぞれトイレが備わっているので、広い共同のトイレにはほとんど誰も入ってこない。 なぜ作ったんだ、とビル内の人間は皆首を傾げているくらいだ。 人が来ない上に、廊下を通る人からも見つからない。 更には、万が一見つかっても、適当な言い訳が出来る。 柳くんの部屋からエレベーターまでは、必ずこのトイレの前を通るはずだったので、私は足音がすればすぐにその主を追うと決めたのだった。 一日目は、朝日が昇るまで待ってみたが、誰も廊下を通らなかった。 二日目はもうすぐ夜が明けるというところで足音がしたが、真田くんが竹刀を持って出かけて行っただけだった。 道場に行くんだろう、と察しがついた。 三日目の深夜二時頃になってようやく、柳くんはやって来た。 遠くの方でドアが開き、すぐに閉まる音が聞こえた。 誰か来る、と思い、私は息を詰めた。 廊下を歩く音が聞こえた。 足音は段々近づき、やがて離れて行った。 小さくなった足音がピタリと止んだ。 エレベーターを待っているのだろう。 しばらくするとエレベーターのモーターが動く音がした。 乗り込んだようだ、と思った私は、足音を立てないよう注意深くトイレを抜け出した。 急いでエレベーターの階数表示を見る。 オレンジ色のランプが、十九階より下の数字を照らしていく。 …ん? 私は眉根にシワを寄せた。 てっきりまた七で止まると思っていたランプが、あっさりとそこを通り過ぎ、六の文字を明るく照らしたからだ。 そしてエレベーターは更に下へ。 どんどん下の数字を照らしていったランプは、結局、一のところで止まった。 どういうことだろう。 今日は外で逢い引きということだろうか。 疑問に思いながらも、私はエレベーターに急いで乗り込み、下りのボタンを押した。 [←前へ] | [次へ→] |