03 ええの?と聞いてきた割に、謙也は嬉しそうにアパートへの道を歩いていた。 四年前は、少し速いなあと思っていたその速度が、今はそうでもない。 四年経って、スピードへの興味がちょっとは薄れたのかも知れない。 「なあなあ」 隣を歩く謙也が、前を向いたまま口を開いた。 「白石の住んどるアパートってええとこ?」 「うーん」 実際に住んではいないから、まだ何とも言えない。 「今んとこは」 と答える。 「そっか」 と謙也はやはり俺の顔は見ずに頷いた。 ゆりこさんに会ったのは、その後だった。 道の向こうから歩いてきた女性に、謙也が挨拶をしたのだ。 「お久しぶりです」 彼女は少し面食らったようにきょとんとしたが、すぐに「久しぶりね」と言った。 今年入社二年目の、俺の姉よりも年上に見える。 「知り合い?」と俺は言った。 「お友達?」と彼女は言った。 謙也は彼女に、「大阪に住んでた時の友達の、白石」と俺を紹介した。 次に俺の方に向き直ると、「近所に住んどる、ゆりこさん」と彼女を紹介した。 「白石くん」 ゆりこさんは確かめるように俺の名前を呟くと、眉間にシワを寄せた。 それから、ぽつりと「無駄のないパーフェクトな白石くん」と言った。 「はい?」 「謙也くんがよく話してる?」 いや、俺に聞かれても。 謙也の方を見ると目が合って、彼は、はっとした顔をして、「んなしょっちゅうは話してへんよ!?」とまるで言い訳のように言った。 ゆりこさんとはそこですぐに別れた。 アパートの前に着いたので立ち止まると、謙也が、どうしたんだというようにじっと見つめてきた。 なんで立ち止まったんや、というように。 「ここやで」 それに答えるような気持ちで、俺はアパートを指差した。 すると、謙也は口をぽかんと開けたかと思うと、すぐに弾けるようにふはっと吹き出した。 「すごい!」 「すごい?」 俺は首を捻る。 何のことだかさっぱりだ。 「ここ!」 興奮した様子の謙也は、アパートを指差すと、こう言った。 「ここ、俺んちや!」 「…っえ!?」 今度は俺が口をあんぐりと開ける番だった。 「ここ?」 「おん!」 「謙也も住んどるん?」 「おん!」 「まじでか」 「ありえへん!奇跡や!」 けらけらと愉快げに肩を揺らす謙也の横で、俺はまだ驚いていた。 謙也やないけど、ありえへん、奇跡や。 「何号室なん?謙也」 「白石は?」 「俺は201号室」 「まじで!」 謙也がもう可笑しくてしょうがない、というように口元を緩めるのを見て、まさか、と思う。 「もしかして…」 「俺、202号室」 「ほんまか!」 「なんやこれー、すごすぎるやん」 「隣ってお前かい!」 びっくり。 俺がちょっと期待していた隣人は、なんと謙也だった。 [←] | [→] |