ひねもす | ナノ

02



一つ目のスーパーは、アパートから歩いて十分のところにあった。
その間、公園も図書館も、管理人のおじさんの言っていたカフェも無かった。
狭い道路に、似たような住宅がぽつぽつと並んでいるだけだった。

スーパーには平日の夕方だからか、子ども連れのお母さん達の姿が多かった。
似たような、ふわふわとした帽子をかぶっている子がたくさんいるから、なんでやろ、と思っていたら、その子たちの持っているバッグに「スイミングスクール」の文字が見えた。
こっそり話を盗み聞いたところ、駅前にスポーツスクールのビルが建っていて、彼らはみんなそこで泳いできた帰りだそうだ。
そういえば、帽子の下の髪の毛が少し濡れているように見えた。

駅を挟んだ向こうには、もう一つのスーパーもある。
そっちも見てから買い物しようかな、と考えつつ、肉のコーナーを歩いていた時だった。
突然、後ろから肩を叩かれた。
びっくりしてバッと振り返った先で、肩を叩いたであろう人物を見て、俺は一瞬、本気で心臓が止まりかけた。
「白石やんな?」
探るように首を傾げて。
謙也が立っていた。

ぐ、と息がつまり、すぐには言葉を発することが出来なかった。
気付かれないよう、静かに息を吸う。
「…謙也…?」
出した声が裏返らなかったのは、奇跡だと思った。

謙也は俺の記憶の中の姿より、少し大人びたように見えた。
それが歳を取って成長したからなのか、単にあの頃より若干暗くなっている髪色のせいなのかは分からない。
背丈はあまり変わっていないようだから、やっぱり後者かも知れない。

俺がじろじろと謙也を見ているうちに、彼はぱあっと笑顔になった。
「せや!やっぱ白石やんな!はー、良かったあ。東京やし、別人やったらどうないしよう思てん。でも、白石やんな!」
とまくしたてるように早口で言う。
それから、にっこりと歯を見せて笑った。

四年振りの会話は、思ったよりスムーズに進んだ。
「いやー、偶然やなあ。中三以来か?」
「せやな」
「なんで東京におるん?」
「大学がこっちやねん。今日越してきたばっか」
「そか、そか」
嬉しそうに、謙也は二度繰り返した。
「謙也もこの辺に住んどんの?」
「おん。騒がしくなくてええとこやで、ここ。…あ!」
「へ?」
話していた途中で、いきなり謙也が目を見開き、大きな声を上げた。
「饅頭や!」
と俺のバッグの中の箱を指差して、地元では有名だった店の名前を口にする。
「なんで饅頭持ち歩いてるん?」
「あー…えっとな」
そこで俺は、饅頭を持ち歩く羽目になった経緯を説明した。
アパートのお隣に挨拶に行こうとしたこと、そのお隣が留守だったこと。

「なるほど」
と謙也は頷いた。
それから、何か考えるように眉間にシワを寄せ、腕を組む。
黙ってそれを見つめていると、やがて謙也は神妙な顔のまま、重々しく口を開いた。
「なあ」
「うん…?」
何を言われるのかと俺まで身構えてしまう。
「引っ越しって、もう終わったん?」
「引っ越し?」
身構えていた俺は、唐突な話題の変化に、面食らうよりも懐かしくなっていた。
四年前も謙也は、話題を勝手に、ピョーン、と飛ばしまくっていたのだ。
彼の中ではどこかで繋がっているらしく、こちらが困っていると「やから」と焦れたように繰り返すのだ。

「やから、引っ越し」
「引っ越し自体は、もっと前に済ませてもうてん」
「全部?」
「全部やな」
「細かいものまで?」
「細かいものまで」
「なんや」
と謙也は顔をしかめた。
「手伝いに行ったろ思ったのに」

そこで、俺は、あ、と気がついた。
手伝いに行く、という名目で、謙也は俺の部屋に遊びに来たかったのではないか。
ちょっと自分に都合が良すぎるだろうか。
でもきっと。
「…照れ隠しや」
ぼそっと呟いた言葉は、謙也には聞こえていなかったようだ。
まだ少し膨れたような顔をして、鶏肉のパックを手に取っている。
俺は可笑しくて笑いそうになるのを堪えながら、言った。
「な、謙也、良かったら、今からうち来おへん?」


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