ひねもす | ナノ

01



春休み、謙也に再会した。
翌日から大学の授業が始まるというその日は、俺の高校最後の春休み最終日でもあり、東京への引っ越しの日でもあった。
引っ越しと言っても、家具や衣服の搬入は何日も前に終わっていたので、俺一人が部屋に入れば完了だった。

真ん中に立って、ぐるっと部屋を見渡してみた。
ワンルーム、短い廊下、そこに併設された狭いキッチン、風呂場とトイレ。
ほとんどの家具は東京で新しく買った。
一昨年から東京に住んでいる姉と、引っ越しを手伝うという名目で観光をしにきた妹の、選んであげる、というありがたいお言葉によって選ばれたものだった。
センスは良い、と思う。
でも落ち着かなかった。
時間が経てば慣れるのだろうか。

三階建てのこのアパートは、去年大幅なリフォームを施したそうで、ほぼ新築と言って良いくらいだ。
リフォーム、という言葉に、俺は四年前のことを思い出した。


中学三年の春、謙也の家がリフォームをすることになった。
何ヶ月もかかるような大々的なものではなかったけど、謙也はそれを口実に、俺の家に泊まりに来た。
「家がリフォームするから泊らせろ」と謙也が言った時、俺も、「そうか、家がリフォームするならしゃあないな」と了解したけど、よくよく考えてみれば、『リフォーム』と『俺の家に泊まる』は矢印では結ばれない。
あれは謙也なりの照れ隠しだ、と俺がようやく気付いたのは、その夜、謙也のことをぎゅっと抱きしめて寝ていた時だった。
まだ発育途中の、痩せた薄い体を抱きしめながら、そうかそういうことか、と俺は勝手に納得していた。
そうして朝になってもそのかたちのままだったもんだから、起きて開口一番、謙也は言った。
「あー、寝苦しかった」



東京にも都会なところと田舎なところがある、とは、田舎の方に当たってしまったらしい姉が、上京したての頃よく愚痴っていたことだ。
どうやら俺もそっちに当たったらしい。
今日から俺が住むこの町には、高いビルも無いし、賑やかな繁華街も無い。
でもその代わり、大きな公園や図書館があるようだ。
歩いて行ける範囲にスーパーマーケットが二つあるし、すぐ近くにコンビニもある。
俺は都会なところがあまり得意ではなかったので、こっちの方がずっと有り難かった。


クローゼットを開けて、空のボストンバッグをしまった。
さっきまでそれには細々とした生活必需品が入っていたけれど、全部それぞれの場所に置いたからもう必要無かった。
代わりに、半分の大きさのバッグを右手に持った。
そして左手には、大阪名物、かは分からないが、実家の近所で美味しいと評判の饅頭の箱。
大阪駅のホームまで見送りに来た母親が、「管理人さんとお隣さんに挨拶を忘れずに」と持たせてくれたものだ。
管理人さんには、部屋に入る前に管理人室に寄って渡した。
もう一つも、部屋に置きっぱなしにしていても仕方ないので、俺はさっそくお隣に挨拶に行くことにした。
ついでにスーパーに買い物に行って、町の探索もしよう。
まだ何もつけていない鍵を持ち、ドアを開けた。

部屋に鍵をかけて、廊下を右に進む。
俺の部屋は二階の角部屋だから、隣は右側の202号室だけだ。
202号室は、ドアの横のネームプレートに名前が入っていなかったが、俺もそうだし、たいていの住人はみんなそうしているようなので、気にせずにチャイムを鳴らした。
ピンポーン、とドアの向こうから音が聞こえた。
それからしばらく待ってみたが、誰も出て来ない。
もう一度チャイムを押し、耳を澄ましてみても同じだった。
留守のようだ。
がっくり、俺は肩を落とした。
隣に住んでいるのが誰なのか、同じ学生なのか、それとも社会人なのか、女なのか男なのか、雰囲気の良い人だとええな、出来れば大きな音で音楽を聴かない人だとええな、とか思っていたのに。
東京での初めての一人暮らしの隣人に、ちょっとだけ期待していたのに。

「まあ、しゃあないか」
帰りにもう一回寄ろう。
そう思って、バッグに饅頭の箱をしまい、すぐ前の階段を下った。

一階の管理人室の前を通ると、ちょうど管理人のおじさんが箒とチリトリを手に出てきたところだった。
俺の姿を確認すると、シワの寄った顔を更にしわくちゃにさせて微笑んだ。
「お出掛けですか?」
柔らかい声で話すおじさんだった。
「はい。スーパーに行こうと思って」
「なるほど」
「ついでに、町を色々と探索しようと思っとるんですけど、どこかおすすめの場所とかありますか?」
「ああ、それなら、二丁目にある図書館カフェに行くと良いですよ」
「図書館カフェ?」
「たくさん置いてある本を自由に読める喫茶店です。彩菜堂(さいさいどう)と言うんですがね、落ち着いた雰囲気で、良いところなんですよ。…ちょっと待ってくださいね」
そう言って、おじさんは管理人室に消えて行った。
少しして戻ってくると、紙を一枚くれた。
ルーズリーフの切れ端だった。
「一応、地図を書いたので、良かったらどうぞ」
「わ、おおきに」
「いえいえ。きっと気に入りますよ」
そう言って頷いたおじさんに、もう一度お礼を言って、俺はアパートを出発した。


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