ひねもす | ナノ

08



謙也の顔を見ることができない。
震える喉から懸命に言葉を絞り出す。
「俺は今でも、謙也が好きや。……何もかも無かったことにしたくない。できない。……ごめんなぁ……俺、お前が好きやねん……、自分でも、どうしようもないくらい」
言ってしまったことでやっと実感が湧いたのか、心の底から好きだという想いが溢れて止まらなくなった。
体の深いとこから全体に広がって、感極まって泣きそうになる。
堪えようと必死になるけど。
いつの間にか俺の目から落ちてしまった一粒が、ラグマットにシミを作った。
情けない。格好悪い。
自分でもどうしてそこまで謙也が好きなのか分からない。
いっそ執着じみている。
でも本当に、どうしようもないのだ。
未練たらたらでみっともなくて構わない。
こんなにも、こんなにも俺はお前が好きだ。

静かなリビングに嗚咽が響いた。
俺のものだと思ったが、違う。
謙也だった。
「……っお前が泣いてどうすんねん」
貰い泣きとか。謙也らしいけど。
「ちゃう」
謙也がぶんぶんと頭を振った。
強く振るので涙が散った。
その粒がきらめいて見えた俺はもはや重症だ。
「お、俺が先に泣いたんや……っ。白石がつられたんやろっ」
謙也はしゃくり上げながら言った。
「おれぇ……?」
思わず間抜けな声が出た。
「せや!お前、いっつもそうや……声震わして涙目のくせに、いつまでも我慢して……、そんで、俺が泣くとようやく泣くねん……」
へらり、泣き笑いの表情をする。
謙也は中学三年生のあの時のことを言っているんだろうか。
夏の大会で負けて帰ってきた、俺の部屋での出来事を。
だとしたら、それは俺達が再会してから初めて口にする、恋人時代の思い出話だった。

謙也の涙に驚いたことで、俺の涙は引っ込んだ。
けれど途方に暮れてしまう。
「なんでお前が泣くんや……」
「っ!なんでって……阿呆やろ……!白石、察し悪なったよなぁ……っ」
切羽詰まったような声を出し、謙也は困ったような顔する。
なんやそれ。
そんなのまるで。
「……やってなあ……お前がさっきの俺も話のあといつまでも黙ってるから、俺、ふられたと思った……。なのになぁ……、なのに……っ白石も俺のこと好きなんやなぁ……っ」
息が止まった。
冗談じゃなく、心臓を掴まれたと思った。
心の奥深くの柔らかいところを、同じくらいの柔らかさで、けれどしっかりと包まれた感覚がして。
きゅう、と音がした。
ふわり、と浮いた。
引っ込んだはずの涙がまた溢れて、止めようがない。
言葉の意味を咀嚼するより先に感情が動いて、次に身体が動いた。
謙也も俺が好きなんや、と理解した時にはもうその身体を抱きしめていて。
ずっとそうしたかったんだと思った。
好きだ。好きだ。好きだ。
「ずっとお前が好きやった」


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