07 「俺はお前のしたことを、酷いことだとは思わへんよ」 俺は言葉を選びながら、謙也に静かに言った。 謙也は顔を上げ、複雑そうな顔をして俺を見ている。 「そら、びっくりしたし、戸惑ったけど。あの時謙也が話しかけてくれて、俺かて嬉しかった。俺からしたらお前の方が普通で……。中学の時みたいに話せて安心した半面……、ほんまは怖かった」 「怖い……?」 謙也がそっと吐き出すように訊ねた。 俺はそれには答えず、代わりに大きく息を吐いた。 それにともなって胃がひくひくと震え、自分がずいぶんと緊張していることにようやく気がついた。 なんだか俺には、その罪の意識から、今度こそ謙也が永遠に俺の前からいなくなってしまうんじゃないか、そんな気がして。 全てを話そうと思った。 この三ヶ月間のこと、中学生だった三年間のこと、それから、お前がいなくなってからのこと。 こういうのは事前に何度もシュミレーションして完璧にしてから挑むタイプなのに。 ぶっつけ本番じゃないか。 ずっと前から、わざと考えないようにしてた自分が悪いのだけど。 傷つかないために、自分を守るために見ないようにしていたものに、ついに目を向けなければならない時がきたのだ。 もう一度息を吐くと、俺は慎重に口を開いた。 「……スーパーで会った時、謙也はあの頃のことを、無かったことにしようとしてるんやないかって思った。……なあ……、俺ら、中学の時付き合ってたよな……?」 謙也は大きく目を見張り。けれど、こくんと頷いた。 俺はほっとして話を進める。 「その頃のこと、全部忘れたフリして、無かったことにしたいんかなって。そうしたいんなら、せめて協力しよう思った。実際俺らの会話には、付き合ってた時のことは一回も出なかったし。これはもう本格的にそういうことやって思ってた。無かったことにすれば……、それこそ普通の友達になって楽しくやっていけると……」 ぐ、と息が詰まった。 喉が引きつるように痛くて、その先の言葉が出てこない。 そうだ、俺はこんなにも。 「……けどなあ……無理やねん……。普通の友達がどんだけ楽しくても、お前が気まずくても嫌な思いしてても辛くても、無かったことにしたくない」 あの幸せだった時間を。 柔らかくて優しかったお前の笑顔を。 決断を迫られた時の刺すような痛みを。 思い出すたびに眠れない夜を過ごしても。 この先もっと辛くなったとしても。 「忘れたくない。だって俺、さっきも嬉しかった。謙也が、俺の傍にいようと嘘ついてたって……なんやそれ、こんな嬉しいことあらへんよ。それが友達としてでも」 考えも気持ちも全然まとまっていない。 俺はやっぱりぶっつけ本番が苦手だ。 馬鹿みたいに声が震える。 「なあ、俺、謙也と廊下で会えると嬉しかった。お前に会うために彩菜堂に通ってた。阿呆やんな……忘れようって本当に思っとったはずなのに、会うたびに、話すたびに……、や……もっとずっと前から、十五歳のあの時から消えへん……」 謙也の転校が決まった日、俺達は別れた。 諦められると思った。過去に出来るはずだった。 今がどれだけ辛くても苦しくても。 時間が過ぎれば、何年も経ってしまえば、忘れられるのだと信じていた。 謙也のことを好きだという気持ちはきっと風化していくだろうと。 無くなると思っていたのに。 俺はもうずっと苦しかった。 刺すような痛みは常にぶり返して、いつまでもじくじくと痛かった。 春、謙也に再会するまでは。 [←] | [→] |