06 「白石、これ」 リビングに突っ立っていた俺に、謙也が絆創膏の箱を渡した。 「足、貼った方がええと思う……」 「おおきに」 ラグマットの上に座った謙也にならって俺も座る。ソファを背もたれに。 絆創膏を貼っている間、謙也はそれを黙って見ていた。 俺が貼り終えたのを確認すると、手を出してくる。 その手の上に箱を乗せる。 謙也は箱を確かめるようにゆるく握り、テーブルに置いた。 それからゆっくりと口を開いた。 「ずっと嘘ついててごめん。信じてもらえへんかも知れんけど、ほんまに、最初は騙すつもりなかった」 思っていたよりずっと、しっかりとした声だった。 「信じるよ」と返す。 謙也がほっとしたように、わずかに笑った。 「たぶん……最初は動転してて……。東京で白石に会うなんて思わへんから。幻やって思った。よう考えたら全然ありえる話なのにな。そん時はほんまびっくりして……。でもなんか話かけなきゃって。じゃなきゃ、この先絶対会えないような気がして。そんで……お前、普通やし……」 「普通?」 「めっちゃ普通に、中学の時みたいに話すから。俺、正直無視されてもしゃあないなって思ってて。だから嬉しかった」 無視とか。ありえへんやろ。 謙也がそんなことを思っていたなんて知らなかった。 驚きはしたけど。心臓が止まるかと思ったけど。 俺だって嬉しかった。 「そしたら俺も調子乗って色々喋ってもうて。楽しくて。あの頃に戻ったみたいで。でも違うやんな。俺もお前も、中学生だったあの時とは違う。たぶん、このまま立ち話して、ちょうど良いところで切り上げて、そんで別れて、また別々に生きていくんやなあって思ったら……」 謙也の言葉が途切れる。 俺は黙ってその先を待った。 「……なんや、たまらなくなって。嫌やなあって。……そのうち…」 謙也は途切れ途切れに話し続けた。 その声に、もう最初の頃の調子はなかった。 「今でも……なんでそんなこと思ったんか分からんけど……。白石が、アパートの隣の人が留守やったって話をした時、チャンスやって思った。これを逃したらあかんって」 目線を下げた謙也が、喉から絞り出すように言う。 「ほんまに最低やねんけど……白石の隣に住んでることにすれば……この一瞬で終わらずに、関係を持ち続けることができるんやないかって……。せやから俺、嘘ついて……。ごめん。本当に、ごめんなさい」 そう言って謙也は頭を下げた。 そして項垂れたまま続ける。 「どうかしてた。そんなんしても何の意味もないのに。家帰ってからめちゃめちゃ後悔した。正直すぐバレるとも思った。むしろ白石にはお見通しやろなって。そんで、そんな姑息なことまでしてって、軽蔑されるんが怖くなった。次の日にすぐ謝ろうと思った。けど」 「俺が謙也が思ってたより阿呆やったと」 俺は自嘲気味に言う。 謙也を責めてるんじゃなく。 むしろ自分の馬鹿さ加減に腹が立っていた。 もし俺がすぐに気付いていれば、謙也はここまで自分を責めなかったんじゃないか。そう思って。 少しだけ顔を上げた謙也が、眉を下げてかぶりを振る。 「そんなことあらへんよ。次の日また白石に会って、会って話したら楽しくて。それで終わりにするんがどうしても嫌で。もう一日、って思ってしもて。もう一日、もう一日、明日で最後にしようって思ってるうちに、言えなくなった……なんて、騙し続けてた理由にもならないよな」 そんなことない、とどうして言えないんだろう。 全部お前のせいやないよ。 本当にそう思ってるのに。 怒ってなどいないのに。 どうしてこんなに悲しいんだろう。 心の奥深くの柔らかいところが、みしみしと音を立てるように痛むのはなんでだ。 理由を話してくれたら。 謙也は意味も理由もなく嘘をついたりしないと分かっていたから。 だからそうしたら、俺は笑って、なんやそんなことか、とか笑い飛ばして。 そんで元通りになるはずやと。 ……ああ、そうか。 なんでこんなに悲しいのか。 お前のその話が、まるで別れの言葉みたいだからだ。 [←] | [→] |