ひねもす | ナノ

06



ぼうっと浮いたような感覚を引き連れて、居酒屋からの帰り道を歩いていた。
あの後、俺はさらに酔いを深くしてしまった。
身体に力が入らなくて、一人では歩けないほどだ。
頭はもっと整理のつかない状態だ。

ぐずぐずと、今にも泣きそうな声で喋り続ける俺に、肩を貸してくれている侑士くんが、うんうんとおざなりに相槌を打つ。
ゆりこさんは携帯電話を耳に当てていて、俺を構う様子もない。

道の途中、バス停の前を通りかかった。
すると急に、俺は、そこから動けなくなってしまった。
「どうしたん?白石くん?」
侑士くんが怪訝そうな声で俺の名前を呼んだ。
前を歩いていたゆりこさんが、止まった俺達に気づいて、足を止めるのが見えた。
しかし俺の意識は、もうそことは別の場所に移動しはじめていた。
思い出の渦に、強く引きこまれていくのを感じた。


風も温度も、色も無い場所だ。
去って行くバスを、俺は見送っている。
その後ろ姿が見えなくなっても、俺はその場から動かない。
バスが帰って来るのを待っているのだ。
でも、いつまで待っても、バスは帰って来ない。
帰って来る、絶対に帰って来ると、知っているのに。
俺がそう思い込んでいるだけなのか、いつまで経っても帰って来ない。
やがて夜になり、朝になり、何日も経ったような気分になる。
記憶の扉がこじ開けられ、その思い出が溢れて止まらないような感覚に陥るが、実際にそのような思い出は無い。
それなのに、俺はあたかもそれを体験したような気がしてならなかった。
これは一体、何を暗示しているんだ。


「バスがな」
「うん」
「帰って来おへんねん」
「うん」
座り込んで呟く俺の横で、頷いているのは謙也だった。
いつの間にか、侑士くんもゆりこさんもいなくなっている。
なぜ謙也がいるのかも分からないまま、俺は話し続ける。

「絶対に帰って来るはずなのに」
「うん」
「帰って来おへん」
「うん」
「なんで?俺ずっと待っとったのに」
「うん」
「バスがなあ」
「うん」
「帰って来ないんや……」

俺は自分でも、一体何の話をしているのか分からなかった。
ただ、謙也に話さなければいけない、と強く思っていることだけは確かだった。
バスの話を、謙也にしなければ。
だからひたすらに、バスが来ない、バスが来ない、と言い続けた。
謙也は口を挟むことなく、ずっと俺の話を聞いていた。
頭の中を、去って行くバスのイメージだけが埋め尽くす。
やがて瞼が重くなってきた。
次第に俺は、今が現実なのか、それとも夢の中なのかも分からなくなってしまう。
閉じ切った瞼の裏、最後に映ったのは、バスではなく、俺の前から去って行く、十五歳の謙也の姿だった。


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