05 「助かりました……」 店の奥の席についてすぐ俺は、自分を助けてくれた神様と仏様の二人に、頭を下げた。 四人席に、俺、その前に侑士くん、その横にゆり子さんという席順で座った。 「ええよ、ええよ。これ絶対、白石くん帰りたいんやろなって思ったもん」 「その通りです……」 「嫌なら断れば良いのに」 ゆりこさんの口調は珍しく、非難めいていた。 「断れへん時やってあるよな」 と侑士くんがフォローしてくれた。 俺は苦笑いを返すほかない。 飲み物を飲み、ほっと一息つく。 かまぼこ板のような木の皿に載せられた、長方形のピザに手を伸ばす。 合コンではあまり食べなかったから、お腹が空いていた。 「今日は二人で?」 謙也は?と付け足したいのを堪えて、訊ねた。 「今日は二人やねん」 侑士くんが答え、ゆりこさんも顎を引いた。 「よく二人で来るん?」 「いや、初めて」 「そう、初めて」 二人は声を合わせた。 ゆりこさんがトイレに立った。 「面倒だから、戻ってくるまでに酔いさましてよね。この酔っ払い」 と俺に向かって言った。 酔っ払いって誰がですか、と反論しながらも、俺は可笑しくてしかたなかった。 笑うと頭の中がぐらんぐらんと揺れた。 それもまた面白くて、更に笑ってしまう。 判断力や罪悪感が弱くなり、反対に、あらゆることに楽しみを見出してしまう。 俺は酔っていた。 かなり面倒な酔っ払いでしかなかった。 合コンで飲んだお酒に、今になって酔ったのか。 それとも、安心したところに、再びお酒を飲んだのがいけなかったのか。 「なあー、侑士くんって、ゆり子さんのことが好きなん?」 ゆりこさんがいなくなったので、俺は酔いに任せて、そんなことを訊いた。 というか、酔っぱらっていなかったら、こんなこと訊けない。 「まさか」 「ええー」 「好きやけど、白石くんが思うような好きとはちゃうな。俺にとってゆりこさんは」 と侑士くんがわずかに身を乗り出してくる。 俺も身構えて、唾を飲む。 ついでに喉が渇いたような気がしたので、ビールも飲む。 「家族みたいなもんやねん。遠い親戚のお姉さん、親しいアパートの管理人さん、はとこの優しいお姉さん、そんな感じやな」 「最初と最後一緒やん」 「お、意外と酔っぱらってへん」 侑士くんが半分関心したように、もう半分はからかうように、目を見開いて言った。 「つまりは家族愛?」 「せやな」 「なんや、つまらん」 「つまらんわけないやろお」 侑士くんは珍しく、げらげらと大きな声で笑った。 そうでもないように見えるけれど、彼も酔っぱらっているんだろう。 もちろん、俺の方が酔っぱらってるんだけど。 「白石くんは、俺がゆりこさんを好きじゃなくて、残念やと思ったんやろ?」 と人の悪そうな笑みを浮かべている。 「はい?」 「やって、俺がゆりこさんのことを好きやったら、謙也とゆりこさんがどうこう、ちゅうんは無くなるもんな」 「うーん……って、はあ!?」 ガラにも無く、大声を出してしまった。 出してしまってから、これじゃ「正解でーす」と言っているようなもんやないか、と気付く。 本当に気付くべきなのは、俺と謙也の関係を知っているかのようなセリフを、なぜ侑士くんが言ったかの方だったけど、酔っ払いの頭はそこまで回らない。 「安心してええよ。ゆりこさんと謙也はそんなんやあらへん」 「へえ」 「ゆりこさん旦那さんおるし」 「ええ!?」 「今はなぜか、イスタンブールにいるらしいけど」 「なんやそれ」 俺は疑問に思うと同時に安心して、大きく息を吐き出した。 「出張でしょ」 知らないうちに後ろに立っていたゆりこさんが声を発したので、俺はびっくりして肩を揺らした。 しかも、その反動でグラスを倒してしまう。 「酔っ払い」 ゆりこさんが呆れたように言った。 「聖書だった白石くんはどこに行ってもうたんや」 侑士くんがからかうように言った。 「大阪に置いてきてもうてん」 困ったように返せば、「おもろない」と返ってくる。 [←] | [→] |