プロローグ 眠れない夜がある。 ベッドにもぐり込んで、毛布にくるまって、目をつぶっても一向に眠気がやって来ない夜だ。 一度や二度じゃない。 その夜は一ヶ月に何度か、定期的にやってくるのだ。 真夜中、俺はもぞもぞと寝返りを打つ。 うーん、うーん、と小さな子どもみたいな呻き声を上げる。 そうやって苦しんで、三時間ぐらい経つ頃、やっと眠りにつくことが出来る。 一番最初は高校三年生のクラス発表の日だった。 訳が分からなかった。 前日に眠り過ぎたわけでもなかったし、疲れが溜まっていないわけでもなかった。 病気なんじゃないかと、割と本気で思った。 不眠症、とパソコンで検索をかけてみたりもした。 一向に改善されないまま、三ヶ月が過ぎた辺りで、俺はようやく気がついた。 眠れない夜、それは必ず、忍足謙也のことを思い出した日だった。 俺と謙也は恋人同士だった。 中学三年のはじめから付き合い始め、高校進学と同時に、謙也が親の仕事の都合で東京へ引っ越してしまうまでの一年間。 別に大きな問題は無かった。 男同士だったけどそれなりに幸せだったし、謙也のことはもちろん好きだった。 ただ、俺達はお互いのことが嫌いになったから別れたわけじゃなかった。 謙也が東京へ行くことになり、二人で話し合った結果、遠距離は無理だろうということになって、別れた。 十五歳の俺達にとって、会えないというのは、恋愛においてなんだかとてつもない障害に思えたのだ。 俺は謙也が好きだった。 謙也も俺が好きだった。 でもそれだけで、全てが上手くいく保証はどこにも無かった。 そのことが、俺の睡眠にどう関係しているのかは分からない。 謙也と別れた後、他に好きな人ができたことだってちゃんとあった。 謙也のことを今も引きずっているわけでもないはずだ。 それなのに、別れてから四年経つ今も俺は、謙也のことを思い出しては、眠れない夜を過ごしている。 [←] | [→] |