ひねもす | ナノ

03



結局、俺たちは間を取って、アクションあり恋愛あり、ついでに泣き所もありという見所盛沢山の娯楽映画を選んだ。
明らかに詰め込み過ぎやろ、と思って観てみたら、案の定その通りだった。
しかも無理矢理ねじ込まれたような恋愛パートは理不尽で、悲しくて良くなかった。
何が理不尽って、主人公が、十年彼を思い続けてきた敵の女の子とではなく、最近出会ったばかりのヒロインとくっついてしまうところだった。
いかにも悪役といった感じの派手な化粧をした彼女は、最後の最後で想いを告げるも、主人公に殺されてしまう。
だって敵だから。

心臓を刺され倒れ込んだ彼女は死ぬ間際、ボスである男の子に向かって言った。
「恋をすると時間が速く進むのよ」
だから十年なんて苦でもなかったと、かすれた声で笑った。
悪役メイクが剥がれかけ、みすぼらしかった。
映像は彼女と主人公との思い出に切り替わる。
死にかけの彼女のナレーションが流れる。
「そしてそれをおぎなうように、時間が止まることがあるの。一瞬ぴたっと止まって、印象深く、忘れられないシーンになる」
「スローモーションだ」
彼女を好きだというボスの男の子は言った。
女の子は死んだ。
娯楽のくせに悲しませてどうする、と俺は罵った。
隣で謙也が鼻を啜る音がした。


映画はとっくに終わっていて、テレビは青い画面を映していた。
いつの間にか雨は上がっていて、沈む直前の強い太陽の光が、顔に当たるので眩しい。
この部屋は西側に面しているようだ。
すぐ近くから寝息が聞こえている。
謙也は映画のクライマックス直前に寝てしまった。
そのまま映画が終わっても起きずに、かっくんかっくんと頭を揺らし、ついには俺の肩にもたれかかってきた。

謙也の息が頬にかかるのを感じた。
前にもこんなことがあったような気がする。
一瞬、また四年前のことを思い出したのかと錯覚したけれど、そうじゃない。
記憶の中に引っかかったのは、つい一ヶ月前のことだ。
インフルエンザにかかった俺の元に、謙也が走って来てくれた時だ。
あの時も今と同じように、謙也の息が頬にかかっていた。
たった一か月前のことなのに、息が頬にかかっていたこと以外は、靄がかかったようにぼやけていて、思い出せそうにない。
熱があったせいやな、と決めつける。

手を伸ばして、謙也の髪に触れた。
ゆっくりと下に滑らせる。
ずっと前に触って記憶していたよりも、その感触はふわふわと柔らかかった。
それから、謙也の頭の形を手のひらに憶えさせるように、包み込んだ。
起こさないように慎重に、上から下へ撫でる。
茶色い髪の毛をくるくると指に絡ませる。
人差し指と中指で一房を挟み、まっすぐ伸ばす。
線から面になった髪の毛は、太陽の光を良く反射した。
四年前よりも暗い色のはずなのに、四年前とまったく同じように眩しく光るので、可笑しかった。
するりと髪の毛が指の間を落ちていくのが、やけにのんびりとして見えた。

「…ん」
謙也が呻き、もぞ、と動いた。
頭が不安定に左右に揺れ出し、しばらくすると止まった。
すう、と薄い瞼が持ち上げられた。
「…えいがは?」
寝起きらしい、しっとりと重みを持った声で、謙也は言った。
「終わったで?」
「ん…おれ、ねてた」
と目を擦る。
「せやな。よお寝てたわ」
「急に眠なってな」
「うん」
「知らん間に、ぽんって、寝てもうてん」
「もう眠くなくなったん?」
と俺は訊ねる。
「おん。もう平気」
そう言って、謙也はすっかり冷めたコーヒーの残りを飲み干した。
西日がおでこから頬にかけて、濃い影を作っていた。
コーヒーが流れて上下する喉を、じっと見つめた。


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