02 コンビニで思い思いのアイスを買い、俺達は戻って来た。 外の階段を上って、二階の玄関を通った。 リビングのソファに謙也と座り、ゆりこさんがコーヒーを淹れてくれるのを待つ。 ゆりこさんの家はとても広かった。 今いる二階だけでも、一人で暮らすには広すぎると思うのに、更に三階まであるのだから驚きだ。 俺の部屋何個入るんやろ、とくだらないことを計算しそうになって、阿呆らしくなってやめた。 「はよアイス食べたいなあ」 隣で謙也は、足をぶらぶらとさせている。 暇な時はどこかを動かしていないと気が済まない、とずっと前に聞いたことがあった。 変わってないなあ、とほっと息を吐き出しそうになる。 「相変わらず、待つの苦手なんやな」 「ま、前よかはマシやで?」 「ほんまかいな」 「当たり前やろ!もう大人やねんから!」 ムキになる謙也をよそに、俺はまた、四年前のことを思い出した。 中学三年の春。 付き合って初めてのデートの日だった。 俺は前日、楽しみにし過ぎたのと、色々悩みすぎたのとで、あまり眠れなかった。 そのせいで寝坊した。 寝坊して、遅刻した。 寝坊なんてほとんどしたことが無かったのに、なぜよりによって、そんな大事な日にしてしまったのか。 …眠れなかったからなんやけど。 当然待ちぼうけを食らった謙也は、たいそうご立腹で、その日の午後まで機嫌を直してくれなかった。 俺が一生懸命話しかけても、「へえ」とか「ふうん」とか。 どうしたら良いのか分からなくなった俺が、涙目になって「ほんまごめん」と謝ったらようやく、「しゃあないな」と許してくれた。 あの時は大変やったな、と思うと同時に、でも待つのが大嫌いな謙也が辛抱強く、俺のことをずっと待っていてくれたことが嬉しかった。 なんて、その時は言えなかったけど。 「謙也くん、アイス持っていって」 ゆりこさんの言葉に、謙也がソファを立った。 すぐにアイスを持った謙也と、コーヒーカップをトレーに載せたゆりこさんが戻って来た。 「えーと、レアチーズ味のお客様ぁ」 と謙也がふざけた。 「あ、俺ですぅ」 「あ、どうぞぉ」 俺たちが、あははと笑うのを、ゆりこさんは心底不思議そうに見ていた。 せめて愛想笑いぐらいしてくれないと、居たたまれない、と思いながら謙也の方を見るが、彼は特に気にしているようでもなかった。 自分で選んだバニラ味のアイスを、美味しそうに頬張っていた。 インターホンが鳴った。 「お客さん?」 謙也が言った。 スプーンをくわえたままだから、実際は「おひゃふはん」と聞こえて間が抜けていた。 「業者さん」 ゆりこさんが短く答えた。 「あ、エスプレッソマシーンの?」 「そう。直してもらおうと思って」 ゆりこさんはアイスとコーヒーを両手に持ったまま立ち上がると、玄関に向かっていった。 ドアの向こうから話し声が漏れてきて、少しすると、ドアから顔だけを出したゆりこさんは言った。 「直すのに時間かかるみたい。直るまで下にいるから、適当に過ごしてて。適当に帰っても良いし」 じゃ、という言葉とともに、ドアが閉まった。 「長くかかるて、大丈夫かな」 「せやな。俺もカフェラテ飲めなくなると困るな」 と答える。 「どうする?適当にしててええって言ってたけど」 勝手にどっかいじるわけにもいかんし、と謙也に言う。 主のいなくなった部屋で適当に過ごすのには、主がいる時よりも気を使わなければいけないような気がした。 しかし謙也はこともなげに言った。 「平気やろ」 それから、大きなテレビの横の棚に几帳面に並べられたたくさんのDVDを指差す。 「ゆりこさんおらんのやったら、何か観いひん?」 「たくさんあるな」 「せやろ?」 と謙也はまるで自分のもののように、自慢げに唇の端を上げた。 「ゆりこさん、本嫌いな代わりに、映画はよお観んねん。字幕はだめらしいから、洋画は吹き替えでしか観ないけど」 「なんやそれ」 「字が苦手なんやって」 「ますますなんやそれ」 と俺は呆れる。 「まあまあ。白石の好きな恋愛映画もあんで?」 「謙也の好きなやつでええよ」 「俺はいつでも観れるから、ええねん」 「ふうん」 謙也の言い方に、俺は少し違和感を覚えた。 胸の奥に細い棘が刺さるような、小さな痛みを伴ったものだった。 [←] | [→] |