ひねもす | ナノ

01



六月、急に空気が湿ってきたなと思っていたら、途端に梅雨入りした。
それからはずっと雨だ。
今日も雨。
明日も雨。
一週間先まで、軒並み雨予報だ。

謙也は恨めしそうに、「六月ってやる気出ない」と言っていた。
「五月にも似たようなこと言うてたやん」
「そうやった?」
「おん」
「でもなあ、五月は良い天気やから、外に出る気になるけど、六月は雨やん。雨やと、外に出る気失せるもん。じめじめしとるし、家にいる以外何もすることないやろ」
という謙也の言い分に、確かに、と俺も同意した。
確かに、雨の日に外に出るのは、晴れの日よりかなりの気合いがいる。

それでも日曜日、俺は雨の中、精一杯気合いを入れて『彩菜堂』に向かっていた。
それなのに、店の前に着いたところで、閉じかけた傘を、すぐに差し直すはめになってしまう。
「…あれ?」
ドアにいつもは無い貼り紙がしてあったのだ。
『本日は都合によりお休みします。 店主』
湿気でシワの寄った紙にはそう書いてあった。
せっかくここまで来たのに。
俺は思わず、がっくりと肩を落とした。

すると、上から声が降って来た。
「白石や」という謙也の声の後に、「白石くん?どこ?」というゆりこさんの声だった。

ぴしゃぴしゃと雨を踏む音を立てながら、二人は二階から下りてきた。
「今日休みなん、知らんかったわ」
「あー、臨時休業やねん」
と謙也は苦笑いを浮かべた。
「今朝になって、急にエスプレッソマシーンが動かなくなっちゃって」
とゆりこさんが説明を加える。
「それは災難でしたね」
「ちょうど良かったけど」
「ちょうど良かったんですか」
「雨だし、働きたくないと思ってたから」
淡々と、ゆりこさんはそう言った。
「ええ!?」
と謙也はわざとらしく驚いたような顔をする。
「謙也くんには、せっかく来てもらったのに、悪かったけど」
とは言うものの、彼女の口調では、ちっとも悪いとは思っていなさそうに聞こえた。

「で、何で謙也が上から?」
確か二階と三階は、ゆりこさんの家になっていたはずだ。
バイトに来たついでに寄っていたのだろうか。
「せっかく来てくれたからって、コーヒーごちそうになってん」
と謙也は答えた。
俺の予想はあっさりと当たった。
ほっとしたような、でもモヤモヤとしているような、微妙な感情が渦巻く。
「ふうん」

「…そうだ」
とゆりこさんが急に思いついたような声を上げた。
「白石くんも来れば良いね」
「あ!それええな!」
謙也が明るい声で同調する。
「え?これから帰るとことちゃうの?」
俺の言葉に、謙也は首を横に振った。
「いや、さっき急にアイス食べたいなって話になって、買いに行こうとしててん。白石も一緒に食べへん?好きやろ?アイス」
「アイスは好きやけど…ええんですか?」
と家主の方を伺う。
「良いんじゃない」
少しだけ、ゆりこさんが口元を緩める。
「よっしゃ!アイス!アイス!」
と謙也が口ずさむ。


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