ひねもす | ナノ

05



新型インフルエンザの爆発的な流行により、首都圏の学校のほとんどが学級閉鎖になったそうだ。
俺の通っている大学も例外ではなかった。
タイミングが良いのか悪いのか、俺が病院に行った次の日から、五日間の休校になっている。
俺は次の日には熱が下がっていたけど、医者から五日間の隔離を命じられていたため、せっかくの臨時休暇を全て家で過ごすことになってしまった。
その間、謙也は毎日看病に来てくれた。
謙也の学校も例に漏れず休校だそうだ。
二日目にはゆりこさんも来てくれたし、四日目の今日は侑士くんが来てくれた。
隔離された部屋に入って、ウィルスを移してしまったらどうしようかと心配になったが、三人ともまったくもってぴんぴんしているので、今のところ問題はなかった。

病院に行った日は、アパートに帰ってすぐに眠ってしまった。
次の日の朝起きると、頭にはぬるくなった冷えピタが貼ってあり、枕は見覚えのない氷枕にかわっていた。
床では、謙也が丸まるようにして眠っていた。
一晩中つきっきりで、看病してくれていたに違いなかった。


今日までの間に、俺はまた、四年前のことを思い出した。
中学二年の冬、謙也が同じようにインフルエンザにかかったことがあった。
あの時の謙也も、元気になってもウィルスが完全に死ぬまでは、家から出られなかった。
そのせいで、『暇や』とか『つまらん』とか、授業中にたくさんメールが送られてきたのだ。
こっちは授業中や、と思いながらも嬉しくて、俺は先生に隠れてこそこそと、その度返事を返していた。
結果、先生に見つかって携帯電話を没収された。
全快した謙也はそれを聞いて「阿呆やなあ」と笑った。
しみじみと噛み締めるような言い方は、どことなく嬉しそうだった。


と、いうのを謙也に話したら、「阿呆やなあ」と言われた。
「半分は謙也のせいやろ。いや、七割は謙也のせいや」
と反論してから、謙也の作ってくれたおかゆを一口、口に入れる。塩味だ。
「七割はないやろ。せめて四割。ちゅうか、白石がそんなミスするなんて珍しかったな。あ、それ食べたら、薬これな」
「おん、おおきに。てかタミフルってすごいな。一瞬で熱下がったわ」
会話の半分には答えずに、話を別の方向にそらした。
謙也とのメールに夢中になってたからや、というのは、俺達の間ではまだするべきではないような気がした。
「朝起きたら、随分良くなっとったもんな」
謙也も気にしてはいないようだ。
侑士くんがお見舞いに持ってきてくれた、高そうなゼリーを開けている。
「一昨日は、ほんまに白石、死ぬんちゃうかって思ったもん」
「そんなに?」
「ぐったりして、目も虚ろで、顔も変な色してて」
紫色のゼリーが、謙也の口の中に消えていく。
「お、これ美味いなあ。ゆーしい!ゼリー美味い!」
とキッチンで洗い物をしている侑士くんに向かって叫んだ。
キッチンはすぐそこだから、そんなに叫ばなくても聞こえるだろう。
「うるっさいわ。叫ぶな!あとそれ白石くんのやのに、何でお前が食うてんねん」
「ええやん!いっぱいあるんやから!ケチケチすんな!医者の息子やろ!」
「医者の息子関係あらへんやろ」
と侑士くんの呆れるような声が聞こえた。

「でも、ほんま良くなってよかったわ。タミフル様々やな!」
侑士くんには何も返さずに、謙也は再びこちらに向き直った。
「うーん、けどなあ」
と俺は顔をしかめる。
「どないしたん?」
「タミフルってあれやろ?副作用あるやろ?」
「ああ、一時期問題にもなったな」
「そのせいでおかしなったりしたら怖いやん。せやから、まだ安心はできへんねん」
「いや、白石なんて元々おかしいから、問題ないやろ」
「なんやて!?あと、俺にもゼリーくれや!」
「あ、忘れとった」
謙也が「すまんすまん」と言いながら立ち上がる。
しかしすぐに、はっとした顔をして、「この場合、薬とゼリーってどっちが先なんや?」と訊いてくる。
「分からん。謙也、医者の息子なのに知らんの?」
「医者の息子を過剰評価しすぎや。おーい、侑士!」
「知らん!」
と侑士くん。
「分からんなあ。でもとりあえず、ゼリー取ってくるわ。何味がええ?」
「りんご」
「分かった」
謙也が冷蔵庫に行く。
廊下から、何やら揉めるような声が聞こえてきた。
というよりも、謙也が、侑士くんの総攻撃に合っているような声が。

すごすごと肩を落として戻ってきた謙也が、ゼリーとスプーンを差し出した。
「白石は病人なんやから、もうちょっと静かにせえって怒られた」
しょんぼりとして、「ごめん」と小さな声で言う。
「ハハッ」と俺は思わず笑ってしまう。
ゼリーを受け取ろうとしていた手を上に上げ、垂れた謙也の頭をぽんぽんと撫でた。
「俺なあ、さっき謙也と話しとる時、奥さん出来たらこんな感じなんかなあって思っててん。そしたら、なんや元気出た気がした。感謝してる」
と言って、撫でていた手をどけ、ゼリーを開けた。
スプーンですくって口に入れると、するすると喉を通っていった。
「あ、これほんまに美味い」
誤魔化すようにそう言ってから、謙也の方をうかがえば、謙也はぎょっとしたような顔をしていた。
でもすぐに「ハハッ」と笑った。
「意味分からん。ちゅーか、奥さんって、俺男やし」
「確かに。あー、やっぱタミフルのせいで、頭おかしなってもうたんかも」
「タミフルのせいにすんなや」
「せやなあ。……でも感謝してるのは、ほんまやで。おおきに」
「そこはちゃんと分かっとるって」
しみじみと噛みしめるように、謙也は言った。


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