01 四月はあっという間に過ぎて行った。 気がつけば五月で、大学生活の新鮮さもとっくに失われてしまっていた。 謙也とは毎日のように会っていた。 というのも、朝、アパートの廊下で偶然顔を合わせることがかなりあったからだ。 それはもう、かなりたくさん。 俺達は廊下でばったり会うと、示し合わせたように笑って、「おはよう」あるいは「おー」などと言いながら手を上げ、そのまま歩調を合わせて駅まで行く。 そのたった十数分が、俺には毎日の楽しみになっている。 勘違いしないでほしいのは、俺が、謙也の時間割をこっそりと調べて出る時間を合わせたわけやない、ということだ。 本当に偶然、たまたまだった。 もしかしたら謙也の方が俺に合わせているんじゃ、と疑ったりもしたが、それは無いな、と思ってすぐにやめた。 土日のどちらかは、予定が無ければ『彩菜堂』に足を運んだ。 謙也に会えるから、だけど、俺の中でまだ答えは出ていない。 三回目の来店で侑士くんにも会った。 侑士くんは、すでに謙也から俺のことを聞いていたらしく、会ってすぐに「偶然ってほんますごいなあ。むしろ怖い」とふざけた。 外見の大きな特徴は変わっていなかったけど、彼も大人びたように見えた。 謙也の言った通り、『彩菜堂』の制服もよく似合っていた。 台風の接近を知ったのは、夜、テレビを見ている時だった。 連続通り魔事件や新型インフルエンザのニュースの後で、アナウンサーのお姉さんが、「大型の台風が東京に向けて接近中です。明日の朝から夜にかけてがピークでしょう。おでかけの際は、お気をつけください」と神妙な面持ちで忠告した。 台風と言われても、思い出すのは四年前のことだ。 中学二年の夏、大型の台風が大阪に上陸した。 その日は朝八時の時点で休校が確定していたけれど、俺は自主練習のため七時には学校に到着していた。 そんな俺よりも前に来ていたのが、謙也だった。 謙也は部室に現れた俺を見ると、困ったように笑った。 「台風やねん」 聞けば、謙也はその日から自主練習を始めようとしていたそうだ。 はりきって登校したところで、台風にぶち当たったらしい。 俺と謙也は、一応は練習用のジャージに着替えたが何も出来ないので、二人で長細い鉄のベンチに並んでいた。 最初は「雨止まんなあ」とか「風強いなあ」とかぽつぽつと呟いていた。 しかし時間が進むにつれ、俺達はお互いのことを夢中になって話した。 謙也と二人きりで喋ったのは、それが初めてだった。 謙也には言ったことがないけど、俺はあの日、朝から台風が上陸することを知っていた。 母親に「休校になるから行くのやめなさい」と止められたのを押し切って学校に行ったのは、前の日に謙也が、「明日から自主練すんねん」と部室で嬉しそうに話していたからだった。 次の日の朝、俺は同じ授業を取っている友達からのメールで、休校を知った。 授業無いぜ!ラッキー!イエイ!というようなテンションの内容だった。 適当に返して、携帯電話をその辺に放る。 何もする気分じゃなかったので、もう一度寝ることにした。 惰眠を貪るのは大学生の特権だ。たぶん。 起きたらお昼を過ぎていた。 ぐっと伸びをしてベッドから出る。 寝すぎたせいか、身体がだるかった。 なのでもう一度伸びをしておいた。 ごはんを食べようと冷蔵庫を漁った。 昨日の余りのご飯があった。 ピラフかチャーハンでも作ろうかと思っているうちに、「やばい。めっちゃオムライス食べたい」という気分になったので、朝兼お昼ご飯は決定した。 のろのろとチキンライスを作る。 フライパンの火を一旦止め、卵、卵、と冷蔵庫を開いた。 すぐに閉めた。 卵が無かった。 卵があるか確認もせずにオムライスを作り始めるなんて、俺はまだ寝ぼけてるのか。 もうこのままチキンライスでええか、とも思ったけど、ここまでくるともう意地だった。 俺は台風の中、卵を買いに走ることを決めた。 [←] | [→] |