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土曜日の昼に、横浜駅で待ち合わせた。
日にちも時間も、決めたのは仁王だ。

あの時、無理矢理にでも携帯電話を奪おうと思えばできたはずなのに、柳はそうしなかった。
デートしてくれたら返しちゃるよ、と言った仁王の顔が、あまりにも頼りなさげだったからかも知れない。
まるで何かに怯えているように。
要はほだされたんだな、と思いながら、改札口の前で仁王が来るのを待っていた。


待ち合わせ時間を五分過ぎたところで、仁王はやってきた。
「遅刻だぞ」
「すまん。出掛けに姉貴が病院行きたいって言うから送ってったんじゃ」
仁王は平気で嘘をつく。
柳は一々それを咎めるのも面倒になって、肩をすくめるだけにしておいた。
そんじゃ、レッツゴーじゃ、と言った仁王の顔が、思ったより子どもっぽかったことに驚いたというのもあった。

仁王に連れて行かれたのは、水族館だった。
中々楽しかった。
水族館に行くのは小学生以来のことだったので、それなりに新鮮味もあった。
クラゲをたくさん集めたスペースが気に入り、そこから長い間動かなかったので、仁王に苦笑いされたくらいだ。
薄ピンクや水色、透明なクラゲがライトアップされているのは綺麗だとも奇妙だとも思ったが、見ていて飽きなかった。
バイオレット色の派手なものもいた。
仁王は大きなエイがいる水槽をじっと眺めていた。
それから、「ホームベースに似とる」などと言い出したのも面白かった。
ペンギンの行進やアシカショーまで見たところで、水族館を後にした。

食事は回転寿司屋でとった。
ここも仁王が決めた。
「俺んちでは、水族館からの回転寿司が娯楽フルコースなんじゃ」
ついさっき見たばかりの魚がしゃりに乗って回っている中で、仁王は言った。
「それは少々悪趣味なような気がする」
「情けは無用じゃよ、蓮二。世の中、弱肉強食じゃ」
と言って、仁王はネギトロの軍艦巻きを、ぽいと口に運んだ。
柳もコハダを口に入れる。
普通に美味しかった。

仁王と別れて電車に乗ったところで、返してもらった携帯電話が振動した。
雅治という名前で登録されたアドレスに見覚えはない。
仁王が勝手に登録したんだろう。
メールを開くと、「今日はありがとう。また遊んで」という素っ気無い文と共に、写真が添付されていた。
いつ撮ったのか、そこにはクラゲの水槽を眺める柳が写っていた。
その顔があまりに真剣だったから、柳は思わず笑いそうになった。

メールに返事を返す。
同じように短く、素っ気ない文章だ。
それから、電話帳を開き、「雅治」の横に「仁王」と付け足して、上書きボタンを押した。


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