「悪いが、俺は初対面の人間と付き合うことは出来ない」 と言って、柳は立ち上がった。 もうこの話は終わりだ。 中々楽しかったが、柳は同性愛者ではないし、そうで無くても、いきなり付き合ってくれと言われて、はいと答えるような冒険心は持ち合わせていなかった。 「ふうん」 仁王はコーヒーを飲みながら、柳のことを見る。 「そりゃ、残念じゃ。でも、中々楽しい時間だったぜよ」 そう言って、ひらひらと手を振った。 思ったよりあっさりしていたので、やはり仁王にも、よっぽど、という気持ちは無かったに違いない。 こんな時間でもコーヒーショップには長蛇の列が出来ていて、柳は人と人の間を掻い潜ってやっと店の外に出た。 店の前で振り返ってみたが、人に隠れて仁王の姿は見えなかった。 横浜駅の東口に戻り、改札を通る。 階段を登って、ホームで電車が来るのを待っている間、時間を見ようと携帯電話を探して鞄の中を漁るが、見つからない。 大学に忘れてきたのだろうか。 仕方なく、少し遠いところにある電光掲示板で時間を確認する。 午後の九時を回っていた。 一時間近くも喋っていたのか、と驚く。 柳は、不敵に笑う仁王の顔を思い出し、周りにばれないように小さく笑った。 [←前へ] | [次へ→] |