「なにが可笑しいんじゃ?」 写真の中の少年と目が合って、思わずくすりと笑ったら、隣に寝転んでいた仁王が怪訝そうな顔をして見てきた。 「いや、別に?」 と柳はまだ半笑いのまま、返す。 仁王の部屋にある写真立てには、今はもうきちんと写真が入っている。 丸井の部屋にあったものとはまた別の、幼馴染三人が写っている写真だ。 聞けば、前に入れていた写真はもちろん、あの少年が写っているものは全て処分してしまったそうで、仁王は丸井からこれをもらったと言う。 悪くない写真だと思った。 少なくとも、みんな笑っている。 写真を入れるように言ったのは柳だった。 仁王は最初は嫌がっていた。 柳もあまり強要はしたくなかったが、なぜだと聞けば、「蓮二とエッチしとる時に、写真と目が合ったら微妙な気分になるじゃろ」とふざけたことを抜かしたので、物凄く強要することにした。 さっきはそのことを思い出したのだ。 「気になるのう」 「勝手に気にしておけ」 「なんか、今日の蓮二冷たいぜよ」 心折れそう、とへらりとした笑顔で仁王は言った。 「勝手に折っていろ」 と柳もゆるりと笑って言った。 少し経って、何か食べたいと言った仁王が、珍しくすぐに行動に出た。 本当にお腹が空いたんだろう。 床やベッドに散乱していた服を着る彼の横で、柳も服を着る。 「別に待っとってもええのに」 「見たいんだ」 「何を?」 「雅治が作るところ」 「別に面白いことなんか何もないぜよ?」 と仁王は言った。 「それでも良い」 と柳は言った。 それに、きっと楽しい。 「ふうん」 仁王は特に興味もなさそうに首を傾げた。 階段を下りて、一階のキッチンに行く。 綺麗に整頓されたキッチンを、柳は一目見て気に入った。 「何を作るんだ?」 「水饅頭。蓮二、前来た時に美味いちゅうとったじゃろ?」 「ああ」 と、あんこを透明な葛で覆った和菓子を思い出す。 「すぐに出来るものなのか?」 「小豆炊いたのがあるけえ、包むだけ」 と言って、仁王は上の棚から葛の元となる粉を取り出した。 ボールにあけたそれに、水や砂糖を加えると、手早く混ぜ始める。 「あんこも自分で作るのか」 すごいな、と素直に褒めれば、仁王は照れたように、まあの、と笑った。 どろりとした生地を火にかけ、また混ぜる。 混ぜていくうちに粘り気を持ったそれを、火から下ろして、氷水の入ったボールの上で冷やす。 仁王の手際は見事なものだった。 「漉すのめんどいから、粒あんでもええ?」 「ああ」 仁王が冷蔵庫から取り出したあんこからは、ほんのりと甘い匂いがした。 「はい」 「はい?」 仁王が指でそれをすくって、柳の口元まで持ってきた。 何をさせたいのかは分かったが、気が進まないので、顔をしかめて同じように返す。 「いやいや、味見」 にやりと嬉しそうにしている。 仕方なく、その指を口に含む。 噛んでやろうか、と思ったが、広がる甘さが思ったよりずっと心地よかったので、やめておいてやった。 「美味いな」 「そりゃ良かった」 仁王がその指を自分の口に入れたのは、見なかったことにした。 「コツはな、焦らないこと」 と言って、仁王は自分より高い位置にある柳の顔を覗き込んできた。 「じっくりのんびり、待つことじゃ。あ、恋愛と一緒じゃな」 と適当なことを言う。 わざわざ二階に戻るのも面倒だったので、出来上がったものはその場で食べることにした。 小さめに作った水饅頭は、一口で食べられた。 二人で同じように口に入れ、目線を合わせて笑い合う。 美味しかった。 ふと、並んだ水饅頭を見て、柳は、あ、と気がついた。 ずっと似ていると思っていたのは、あれだ。 「クラゲに似ているな」 「は?」 いきなりそう言ったら、仁王は、意味が分からない、というように顔をしかめた。 「何が?」 「これが」 「水饅頭?」 「そう」 「いやいや」 首を振った仁王が、じいっと水饅頭を見つめる。 それから、呆れたように笑って、「全然似てないぜよ。似ても似つかん」と言った。 悪くない休日だった。 少なくとも、二人とも笑っていた。 -end- 2011/09/08 [←前へ] | [] |