仁王は目を見開いたまま固まっていた。 機能が停止したロボットみたいだ。 「雅治」 柳が名前を呼ぶと、仁王はびくっと怯えるような反応をした。 「ちゃんと説明してくれ」 「説明…」 「さっき丸井くんの家で見たんだ。お前と丸井くんともう一人が写っている写真。あの人は一体誰だ?」 丸井の部屋の写真には、仁王と丸井に囲まれるようにして、もう一人少年が写っていた。 野球帽をかぶり、真っ白いユニフォームを着て。 その顔が、柳にとてもよく似ていたのだ。 仁王はまだなにかに縋るように柳のことを見ていたが、こちらもじっと見ていると、やがて意を決したかのように口を開いた。 「…親友じゃ。さっき蓮二が言ってた通り」 「お前はその親友のことが好きなのか?だからこんな真似を…」 「違う」 柳の言葉を仁王は強く否定する。 「蓮二の考えてるような気持ちは無かった」 「なら、どうして」 「そいつな、もういないんじゃ」 「いない?」 「一年前に死んだ」 柳は一瞬、自分の耳を疑った。 まさかそんな言葉が出てくるとは思っていなかった。 「事故死じゃ。交差点で信号無視の車にはねられてな。病院のベッドで目瞑ったまんま動かなくなった」 そのときのことを思い出しているのか、仁王の顔が苦しげに歪む。 「下手くそなくせに野球が好きでなあ、ホームランには不思議な力があるとか言っとったのう。大の甘党なのに一人でケーキ屋にも行けん臆病者。家が隣同士で小さい頃から何するのも丸井と三人一緒。腐れ縁じゃって口では言うても、大事な親友じゃった。だからかの、俺は一年経っても、中々あいつの死を受け入れられんかったんじゃ」 へらり、と笑って。 仁王はやや投げやりな話し方をした。 それが感情を抑えるためのポーズなのは明らかだ。 「横浜駅で蓮二のこと見た時は、ほんまびっくりした。あいつじゃ、思った。やっぱ生きとった、とか、生まれ変わりじゃ、とか幽霊じゃ、とか色んなのがぐるぐるして、でもとにかく話しかけなきゃって」 「それでなぜ告白だったんだ」 「友達になってくださいって言うたら、蓮二はなってくれたん?」 「それは…」 「確率の問題じゃ。あん時の俺には、まだ恋人になってくださいの方が、上手くいくと思えた」 上手くいく、というのはよく意味が分からなかった。 どんなに仲良くなっても、一緒にいても、柳はその親友ではないのだから。 「怒っとる?」 と仁王は唐突に言った。 「親友の代わりにしてたこと、怒っとるか?」 「…いや。一気に色々と聞きすぎて、少し混乱はしているが」 「そうか」 ほっと安堵したように、仁王は息を吐いた。 その様子に、柳は少し罪悪感を覚えた。 嘘だった。 そんな風に見られていたんだと思うと、腹が立った。 でもなによりも悲しかった。 親友の代わり、という言葉に打ちのめされて、その場でべしゃりと突っ伏して泣いてしまいそうだった。 そうしたかった。 しかし、柳のプライドがそれを許さなかった。 精一杯平静を保って、「頭を整理したいから、やはり今日は帰る。週明けに連絡するから」と急いで踵を返す。 さっさとここから立ち去ってしまいたかった。 足早に道路を歩く。 仁王が何か言ったような気がしたが、雨の音でそれもよく分からなかった。 [←前へ] | [次へ→] |