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ケーキを食べて、少し雑談をして。
時計を見ると三十分は経っていたが、仁王から帰ってきたという連絡は無かった。
「すまないが、トイレをお借りできないだろうか」
と柳は言った。
「良いぜ。えーと、二階なんだ。階段上がって、左から二番目?かな。小さめのドアなんだけど…」
「行けば分かるだろうか」
「たぶん。悪いな。案内出来れば良かったんだけど」
と言って、丸井は自分の膝に目をやった。
彼の膝の上では、弟がすやすやと熟睡中だ。
「いや、大丈夫だ。こちらこそ、何から何まで申し訳ない」

階段を上がって、左に廊下を進む。
兄弟が多いからだろうか、部屋数は多かった。
左から二番目の部屋のドアは小さくはなかった。
その隣なんじゃないか、と思ったが、丸井が二番目と言っていたので、とりあえず柳はそこを開けた。
そして、すぐ違うと分かった。
丸井本人の部屋だった。
自分の部屋とトイレの位置を間違えるか?と思いながら、ドアを閉めようとした。
しかし、飾ってあった写真立てに、その手が止まった。
仁王の部屋にあったのと同じものだったからだ。
お揃いなのか、それともたまたまそうなったのか。
面白いなあと思ったが、それもすぐに忘れた。
丸井の部屋の写真立てには、仁王の部屋のものとは違って、きちんと写真が入っていた。
その写真を見た途端、柳は妙に納得してしまった。
ああ、そういうことか、と。
今まで感じていた違和感の正体はこれだったのか。
心のどこかにつっかかっていたものが取れて、あるべき場所へ、すとん、と収まったような気分だった。
なるほど、そういうことだったのか。

ドアを閉め、トイレには行かず、一階に下りた。
リビングの丸井に、「仁王が帰ってきたようなので帰る。本当にありがとう、助かった。ケーキ、ごちそう様」と言って、返事も聞かずに部屋を後にした。
玄関で靴を履いて外に出て、傘を差す。
すると、タイミングが良いのか、それとも悪いのか、本当に仁王が帰ってきたところだった。
「なんで丸井んちから蓮二が出てくんじゃ!?」
鉢合わせた仁王は、心底驚いた顔をしていた。
「ご好意に甘えて、雨宿りさせてもらっていたんだ」
「え、全然意味が分からん」
と笑う。
「まあええけど。なんか変なことされんかったか?」
「いや、とても丁寧にもてなしてくれた」
「ほーう。丸井にもてなすとか出来んのかい」
「少なくともお前よりは出来ていた」
「言うのう。んじゃ、すっげえもてなししちゃるけえ、はよ、家入ろ」
な、と手を引かれても、柳は動かなかった。
「…蓮二?」
「今日は行かない」
「は?なんでじゃ?」
仁王は困惑したように顔をしかめている。
「…雅治、お前は俺が好きか?」
「はい?」
なんで今そんなことを、と思っているに違いない。
仁王はますます顔を歪めた。
「そりゃあ、好きじゃよ。好きじゃなきゃ付き合っとらん」
「そうか」
「うん。…なあ、それと家に来ないのとどういう関係が…」
「なら」
仁王の言葉を遮って、柳は口を開いた。
「親友とどっちが好きだ?」
仁王はまだ状況を掴めていないようで、困惑しきり、といった表情だ。
「あの日」
横浜駅で、見た瞬間こいつじゃ思った、と仁王は言った。
「俺に声をかけてきたのは、俺の顔が、親友にそっくりだったからか?」


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