「ただいまー」と玄関から叫ぶ男の後ろで、柳も靴を脱いだ。 男の名前は丸井ブン太というそうだ。 仁王の幼馴染で、元野球部。 あの後、何度か押し問答が続いたが、結局は柳が根負けした。 あのままでは、彼の方もずぶ濡れになってしまいそうだったからだ。 「はい、タオル」 リビングに入ると、丸井はすぐにバスタオルを渡してくれた。 「どうもありがとう」 「いえいえ」 丸井も持っていた箱をテーブルに置いてから、わしわしと頭を拭いている。 白熱灯の下で、彼の髪はますます明るかった。 「適当にくつろいでくれて良いから」 言われて、柳がソファに腰を下ろした瞬間、バン、とリビングのドアが開いた。 思わず、びく、と驚いてしまう。 「兄ちゃん!おかえり!」 小学校低学年ぐらいの男の子だった。 弟だろう。 「おう、ただいま」 「ケーキは…」 言いかけたところで、彼は柳に気付いて、目を丸くした。 「この人…」 じいっと見つめられて、少々居心地が悪い。 「仁王の友達。仁王まだ帰ってないから、雨宿りしてんの」 「ふうん」 「それよりケーキだろい」 「あ、うん!」 ケーキ、という言葉に彼の興味は逸れたようだ。 ほっと息を吐き出す。 「柳くんもケーキ食うよな?」 丸井が、白い箱を指差して言った。 あれはケーキの箱だったのか。 「いや、お構いなく」 「んな遠慮すんなって。すげえたくさん買って来たんだから」 「はあ」 立ち上がって箱を覘きに行くと、なるほど、確かに中にはたくさんのケーキが詰まっていた。 ということは、彼が、前に仁王が話していた甘党の親友なんだろうか。 だとしたら、もう一人で店に行けるようだから、仁王がパティシエを目指す必要はなくなったんじゃないか、と思った。 「モンブランで良い?」 と丸井は言った。 どれが良い、ではなく、なぜピンポイントでモンブランなんだろう。 しかし、申し訳ないことに柳はモンブランが苦手だったので、「すまない。出来ればモンブラン以外が良いのだが…」と答えた。 丸井は少し残念そうにしていたが、気を取り直すように、「じゃあこのフルーツタルトとかどう?」と言った。 そういえば、仁王にも前にモンブランをすすめられたことがあった。 その時も、柳が、モンブランは苦手だと言うと、仁王は少し残念そうな顔をしていた。 [←前へ] | [次へ→] |