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仁王の家に向かう途中で、切原赤也に会った。
彼は、仁王のいた高校の、めちゃんこ弱い野球部員だった。

お前の家には行く。ただし、お前の通っていた高校にも行く。
それが条件だ。じゃなきゃ、今すぐ帰る。
そう言ったら、仁王はなぜか泣きそうな顔をした。
「家と高校は反対側じゃから、二度手間じゃよ」と言って最後まで抵抗していたが、「家に着いたら何でもお前の言う通りにするから」と言ったら、渋々案内し始めた。
しかし高校へ行く間、「絶対に絶対の約束じゃからな。破ったら本気で怒るからな」と四回も言われた。
鬱陶しかった。

高校は正門を抜けると、右にグラウンド、左に校舎だった。
校舎は四年前に改築が終わったそうで、綺麗だった。
真ん中の部分が、とあるテレビ局のように丸く浮き出ていた。
そこには会議室と呼ばれる部屋があるらしいが、仁王も中には入ったことがないという。
「実はあそこには部屋なんて無くてな、ただの設計ミスのデッパリだって噂になっちょったよ」
「随分と大胆なミスだな」
「高校三年間、色んな鍵を集めてきたけど、あの部屋の鍵だけは手に入んなかったけえ、本当かもしれん」
と仁王は神妙な顔をした。

そうやって話しながら歩いている時に、「仁王先輩!」と横から声が聞こえた。
土まみれの白いユニフォームを着た少年が、グラウンドに張り巡らされた緑のネットの向こうから、仁王を呼んだのだ。
「仁王先輩!」
と少年は繰り返した。
それが、切原赤也だった。

「久しぶりっすねー」
とグラウンドに近寄った仁王に切原は言った。
それから、隣にいる柳に、ちらちらと視線を送る。
目が合ったので、にっこり笑っておくと、真っ赤になって俯かれてしまった。
なんだか悪いことをした気分だ。

「こいつな、俺の恋人、柳蓮二」
と仁王に肩を引っ張られる。
「えっ!?」
切原は顔を上げて、素っ頓狂な声を上げた。
「女だったんスか!?」
「いや、男だ。それに恋人ではない」
「えー蓮二ぃ」
仁王はわざとらしくニヤニヤと笑っている。
「この男の言うことは嘘ばかりだからな、まともに取り合うことはない」
「あ、それは知ってます」
と切原は笑った。


久しぶりなんだからゆっくりしてってくださいよ、と切原が言うので、柳と仁王は部室にお邪魔することにした。
部室も改築の一部だったのか、建物自体は新しかったが、中は汚かった。
ユニフォームや制服が散乱していたし、壁に取り付けられたガラス棚には、フィギュアや野球バットが乱雑に並べられていた。
練習は良いのか、と切原に聞けば、うちそんな真剣じゃないんで、と弱小らしい返事が返ってきた。

「というか、雅治は野球部だったのか?」
「テニス部じゃ。…ちゅーか、さっきまで一緒にやりよったじゃろ」
「それなのに、野球部の切原くんと仲が良いんだな」
「それはあれっス。仁王先輩、いっつも野球部の先輩たちと一緒にいたから」
「テニス部に友達がいなかったのか。可哀想に」
「幼馴染やったんじゃよ。腐れ縁じゃ。あんなもん」
と仁王はぶっきらぼうに言ったが、その言葉尻には温かさが感じ取れた。

「そこの棚も、その人たちが集めたもんなんスよ」
と切原はガラス棚を指差した。
「結構貴重なもんもあるそうなんですけど。なんか、巨人軍の助っ人外国人に関するグッズばっか集めたみたいで」
確かに、置いてあるフィギュアは黒人が多いような気もする。
しかしなぜ助っ人外国人なのだろう。
マニアとはえてして謎である。
「ずっと置きっぱなしでしょ。そろそろ片付けて欲しいっスよ」
と切原が顔をしかめた。
「仁王先輩から丸井先輩に言っといてくださいよ」
「あいつはここには来んじゃろ」
「えー…せめてラミレスの特大ぬいぐるみは持って帰って欲しい。仁王先輩、持って帰りません?」
「あんなデカイのどこに置くんじゃ」
「ベッドにでも」
「恋人といちゃいちゃ出来んじゃろ」
と仁王がこっちを向いて、口角を上げた。
無視した。


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