綺麗はこわい | ナノ

07 イン・ヒズ・ルーム




「さっきの、お姉さんなん?」
「そうだ。…誰もいないな」
そう言う柳の横で、靴を脱ぐ。
「お姉さん、美人じゃったな」
「…彼氏ならいるぞ」
「そんなんじゃないぜよ」
俺が好きなんは、参謀やし、と喉まで出かかった言葉を、仁王は無理矢理飲み込んだ。

「それにしても、標準語を喋れたんじゃないか」
「プリッ、なーんのことかのぅ」
仁王の言葉に、柳がため息をついた。



飲み物を取ってくるという柳が一階へ戻り、部屋には仁王一人が残された。
参謀の匂いがいっぱいじゃあ。
…変態みたいやけど。

部屋を見回してみる。
何も無い…。
見事に何も無い。
あるのは、ベッドと、机、丸いローテーブル、箪笥、そのくらいだ。
娯楽の類が何も無い。
でも、その殺風景さがむしろ柳らしくて、仁王は緩やかに笑った。

ベッドに置いてあったクッションを手に取り、床に座る。
ベッドに背を預けてみたが、妙に落ち着かない。
緊張かのう、と仁王が暢気に考えていると、部屋のドアが開いた。


「待たせたな」
柳が、おぼんを持って入ってきた。
仁王は「いんや、別に」と言いながら、柳からおぼんを受け取り、ローテーブルに置いた。

「あ、これ…」
「お前が綺麗だと言っていたのが丁度あったから、持ってきたんだ」
そこには、和菓子屋で見た、真っ白いお菓子がお皿に並べられていた。
仁王は、胸の奥が、ぎゅっと縛られたような気がした。
あんな一瞬の、何でも無いような一言を、柳が覚えていてくれたことが嬉しかった。

言いたい。今すぐ言いたい。
今すぐ、好きだと言って、彼の細い体を抱きしめたかった。
勝算の無い賭けはするべきではない。
そんなことは、分かっているはずなのに、柳に対しては、自分の感情がコントロール出来なくなる。
好きだと言えんくて、苦しい。


「…仁王?どうした?」
急に黙りこくった仁王を、柳が訝しがる。
「ん、別に?」
仁王は、ごまかすように、お菓子を口に運ぶ。
「美味いぜよ」
「それは良かった」
柳が微笑む。


「何だか、不思議な感じだな」
「何がじゃ?」
「仁王が俺の部屋にいる」
柳がぽつりと呟く。
そして、困ったように笑った。
「変な感じだ」
「…真田や幸村はよう来るんか」
さっき、柳のお姉さんが言っていたことを思い出す。
「そうだな。だが、三人で集まる時は、弦一郎の家に行くことが多いんだ」
「ふうん」
なんや、面白くない。
きっと、あの二人は、ここに数え切れないくらい来たことがあるんだろう。
同じくらい、柳もあの二人の家に行っていて。
俺の知らない参謀を、知ってる二人が恨めしい。


頭が、ぐるぐるする。
ああ、もう、こんな感情はいらない。
知りたくない。
でも、止められない。
感情がコントロールデキナイ…


「…参謀」
仁王は、隣に座る柳に近づく。
息がかかるくらいまで、近く。
「仁王…?」
急に態度の変わった仁王に、柳の琥珀色の瞳が、わずかに不安に揺れた。
「等価交換なんじゃろ…。はよ、教えんしゃい…」
「…あ、ああ。そういえば、そうだったな」
「はよ…」
「…好きな人か…いるぞ」
「へえ」
仁王の目が、大きく見開かれる。
「へえ、そうなんじゃ」

その瞬間、渦巻いていた感情が、ぱちんと音をたてて弾けたような気がした。

俺は、何を期待していた?
どんな答えなら、納得出来た?
いや、それ以前に、何を言おうとしたんじゃ…。

「…仁王?」
「あ、ん、もう帰るなり」
と、顔を背けて立ち上がる。
「そうか…?分かった」
柳の顔が、ほっとしたように見えて、仁王は見えないところで顔を歪ませた。



玄関で靴を履く。
そこまで送るという、柳の申し出を断り、ドアを開ける。
「仁王、また明日」
「ん、また明日」
ドアが閉まる。


「いつまで、このままでおれるんじゃろうなぁ…」
誰もいない道路で、一人、零してみる。

仁王は、この関係を壊してしまうのが、怖かった。
怖かったし、いつかはそうしなければいけないとも思っていた。
そして、多分、いつかは、すぐそこまで来ている。






----キ---リ---ト---リ----
今更ながら、三人称で書きはじめたことを後悔しております!



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