05 廊下、部室、それから校門 丸井いわく、仁王には頑張りが足りないらしい。 そう言われても、と仁王は肩をすくめる。 「これでも、頑張ってるつもりなんじゃ」と、本気で顔をしかめてみせれば、しぶしぶ丸井も引き下がった。 柳のことを好きだと認めてから、一週間。 本当のところ、仁王は、どう頑張ったら良いのかが分からなかった。 人に好きになられることはたくさんあったが、好きになるのは初めてだ。 今まで、自分がされてきたことを思い返してみたが、そのどれもが鬱陶しかったことしか思い出せなかった。 ということは、柳もそう思うのではないか。 そう考えると、仁王は中々、積極的になれないでいた。 仁王がやったことと言えば、柳が誰かと喋っていたらその輪に入ったこと。 屋上で会った時も、寝ずに話しかけたこと。 他には、廊下で、偶然を装って会ったり、柳生を巻き込んで、一緒にお昼を食べたり。 そんな、感じだ。 なかなか楽しい一週間やったがのう。 どうやら、目の前のこの男は、それだけではだめらしい。 「まったく、お前は一体何をやってるんだよ」 と、幸村は憤慨した。 「いちおー、アピールしちょるつもりなんじゃけど」 「意味無いとは言わないけどさ、お前ならもっと大胆に蓮二を奪うと思ったよ。そしたら、俺は、お前をひっぱたいてやったのにさ」 「…応援してくれるんやなかったんか」 「冗談だよ」 「お前さんが言うと、冗談に聞こえん」 「ま、とにかく、一緒にいる機会が無いと、好きになんてならないんだから。特に、蓮二は鈍いしさあ。」 仁王には、柳が鈍いとは思えなかったが、幸村が言うんならそうなんだろうと思うことにした。 「と、言うわけで!今日のお前の目標は、蓮二と一緒に帰ることだよ!」 幸村は、嬉々としてそう宣言した。 完全に楽しんどるの…。 仁王は、若干うんざりしながらも、適当に幸村に了解の返事をし、その場を後にした。 あいつは、俺のこと新しい玩具かなんかやと思っちょるな。 仁王は、誰もいない廊下で、大きくため息をついた。 部活が終わり、汗にまみれたジャージを着替える。 張り付いていたものを脱ぎ、濡れたタオルで身体を拭き、清感剤をぶっかければ、気持ち悪さが少しやわらいだ。 シャツを着て、同じように下も着替える。 すっかり着替え終わり、さて帰ろうと思い鞄を掴むと、柳の隣にいる幸村と目が合った。 あ、そうじゃった。 参謀と帰るんじゃった。 幸村の訴えるような目線に、思い出し、まだ着替え途中の柳のところへ寄る。 「さ、」 「蓮二イィィイ!」 仁王がちょうど声をかけようとしたところで、勢い良くドアが開き、真田が柳に向かって叫んだ。 「なんだ、弦一郎」 「今日は、松福堂に菓子を取りにいくんだろう。早く行かなければ、閉まってしまうぞ!」 なんじゃ…真田と帰る約束しとったんか…。 仁王は、思わず顔を歪める。 「そうだな。もうすぐ、着替え終わっ」 「ああ!」 突然、幸村が大きな声を上げた。 「む、どうした幸村」 「大変だよ、真田!今日までに提出の部の大事な書類を出し忘れてた!」 幸村は、大事な、の部分を強調して言った。 「それは一大事ではないか!」 「本当だよ!とても、すごく、大事な書類なんだよ!今すぐ出しに行かなきゃ!行くよ、真田」 「お、俺もか!?」 「当たり前じゃないか。お前は副部長なんだから。というわけで、蓮二、先帰ってて良いから!」 「え?あ、ああ。分かった」 幸村の勢いに、柳も一瞬怯むような表情を見せた。 あ、かわええ…。 「じゃあね、みんな!」 そう言って、真田を連行していった幸村は、去り際に世にも恐ろしい笑顔を仁王に向け、行ってしまった。 なんちゅう笑顔じゃ。 あれじゃ、メデューサじゃ。 石になる…!怖い…! 「では、俺も帰る。皆、お疲れ様」 いつの間にか着替えを終えた柳が、ドアを開ける。 え…?!あ、追いかけんと! 「おつかれー」 「お疲れ様ッス!」 「お疲れ様でした、柳くん、また明日」 周りが言う挨拶も耳に入らず、仁王は急いで、鞄とラケットバッグを掴み、柳が去ったばかりのドアに走った。 「お、仁王、頑張れよぃ」 丸井がにやにやと笑うのが横目に見え、その後で、赤也が「え?何がッスか?」と言うのが聞こえた。 「…っ参謀!」 「ん?仁王か、どうした」 校門を出ようとしていた柳が、振り返る。 あ、前もこんなんあった。 俺と参謀の位置が逆で。 仁王は、数日前の似たようなやり取りを思い出す。 「参謀、その、菓子取り行くやつ、俺が付き合っちゃるぜよ」 仁王が言うと、柳は、少し驚いたような顔をしたが、やがて優しく微笑んだ。 その表情を見て、仁王は、ああ、やっぱ好きじゃなあ、などと思いながら、柳と同じように微笑んだ。 ----キ---リ---ト---リ---- それにしても幸村がノリノリである。 [←] | [→] |