04 教室 「はあぁぁ…」 仁王が大きなため息を吐く。 それを見て、隣の席の丸井があからさまに嫌そうな顔をした。 「おい、いい加減ため息止めろ」 「はぁ…お前さん理由も知らん癖に」 「ん、な、の!朝から何度も聞いてやってんのに、喋んねーのはお前だろぃ!」 丸井が、更に顔を歪めて大声を出す。 おーおー、可愛い顔が台なしじゃ。 ま、参謀よりは可愛くないがの。 「理由言ったら引くじゃろ」 「引くほどの悩みってなんだよ。気持ち悪っ」 「引く…かは、よお分からんけど、のぅ」 自分のチームメイトが、同じく自分のチームメイトのことを気になってると聞けば、人は引くんだろうか。 仁王には、それが分からなかった。 分からないから、誰にも言えなかった。 「…あのよ」 丸井が、自分の椅子を引っ張ってきて、仁王との距離を縮める。 その顔は、いつになく真剣だ。 「俺、一応、お前のことは親友だと思ってんだぜぃ?」 クラスも一緒だし、と丸井は付け足す。 「確かに、俺は柳生ほどお前のこと理解してねーし、幸村くんほど的確なアドバイスもできねえかも知んねーけど。俺なりに、話聞くくらいならすっから」 「丸井…」 「ちょっとは頼っても良いんじゃねーの?」 な!と丸井は笑った。 ああ、そうか。 と、仁王は思う。 俺は、怖かったのかも知れん。 自分の想いを口にしたら、今のこの居心地の良い空間が変わってしまうような気がして。 んなわけ無いのにのう。 そんな、ちっぽけな絆じゃない。 きっと、大丈夫。 丸井も、きっと他の皆も、変わったりしない。 仁王は、確信にも似た思いで、丸井に話そう、そう決めた。 「ふーん」 丸井の第一声はそれだった。 参謀の笑った顔を見ると、ドキドキする。 参謀が俺以外のやつと喋ってると、イライラする。 参謀と話すと、心が落ち着く。 仁王は、そのようなことを、長ったらしく話した。 で、丸井の返事は「ふーん」だ。 今日はいい天気だな。 ふーん。 このパン、美味いな。 ふーん。 俺、参謀のことが好きかも知れん。 ふーん。 そんな感じだ。 「なんか、もっと無いんかの。驚くとか、そういうリアクションの類は」 「いや、だってよぉ…」 丸井が頭をかく。 「そんなん、どう考えても好きじゃねえか。好きかも、じゃなくて」 「…やっぱ、そうなんかのぅ」 「そうだろぃ。つうか、何で気づかねんだよ、勘良い癖によー」 「それは…男同士やから、じゃなか?」 仁王がそう答えると、丸井は「あー…」と納得したような声を出した。 「ちゅうか、気味悪くないん?」 「あ?何が?」 「いや、俺が参謀を、好き、なこと」 「…うーん。他の奴らだったら、気持ち悪ぃって思うかもな」 丸井の言葉は、ストレートだ。 ストレートで、時々、痛くなる。 「でも、お前らなら良いんじゃんって思った。知り合いだからかも知んねーけど。…や、でも、真田と俺がって考えると気持ち悪ぃな…おぇ」 と、丸井は吐く真似をした。 「でも、お前と柳ってお似合いな感じするし」 「お似合い…?!俺と参謀が?!」 仁王は、思わず身を乗り出した。 「お、おぅ」 「そうなんか…!俺、なんか元気になったぜよ!」 「へ!?な、なら良いけど…」 「ブンちゃんに相談して良かったナリ」 「その呼び方止めろ」 「プリッ」 「…ま、応援してやるから頑張れよぃ」 参謀が好き。 好きかも、じゃのうて、好き。 なんか、ええのう。 認めてしまえば、その気持ちは、仁王の中で更に大きくなった。 ありがとの、ブンちゃん♪ 仁王が幸村に「仁王、蓮二のこと好きなんだってー?」と言われるのは、次の日のことだった。 …あんの丸い豚め。 「まぁの」 「へえぇ。詐欺師仁王が俺の可愛い可愛い蓮二をねえ」 「…お前さんのじゃなか」 「あはは、冗談だって」 と、幸村は笑った。 「…気持ち悪くないん?」 「ぜーんぜん。俺、人の恋愛とかどうでも良いもん」 「ほぅ…」 「本気じゃないんならぶっ殺してやるけど、本気ならせいぜい頑張ってよ」 幸村は、笑顔で恐ろしい冗談を口にした。 …冗談じゃないかも知れんがのう。 「二人も応援してくれとる…」 良く分からんけど、普通、男が男を好きって言うたら引くじゃろ。 しかし、丸井も幸村も、あっさり受け入れてしまったようだった。 俺の周りの奴らがおかしいんか。 それとも、俺が思うとったより世の中は意外と寛大なんか。 まぁ、なんか知らんが応援されとるし、少し頑張ってみるかのう。 「…覚悟しんしゃい、参謀」 と、仁王は小さく呟いた。 [←] | [→] |