03 部室 部活を終えて、レギュラー専用の部室で、汗に汚れたジャージを着替える。 中学生のころから、変わらないメンバーに囲まれて、仁王も腕を上げてジャージを抜いた。 「うわ、柳さん、何でジャージん中なんも着てないんすか!」 大きな声を上げたのは、レギュラー唯一の一年生の赤也だ。 すぐさま、真田の「うるさいぞ!赤也!」という怒号が飛んだ。 お前さんが一番うるさいぜよ、と仁王は心の中で突っ込みを入れる。 赤也の言葉で、部室内の注目が、その横で着替えていた柳に集まった。 仁王も、反射的にそちらを見遣る。 その瞬間、心臓が、小さく跳ねた。 ドキ…?なんじゃ、そりゃ。 赤也の言った通り、柳は、肌に直接ジャージを着ていたようで、前をはだけさせたまま、赤也につかみ掛かられている。 白い肌が、ジャージの間から覗いていた。 「やばいっすよ、それ。襲われても文句言えないっすよ」 「忘れてたんだ」 「忘れるって、んなことあるんですか!」 相変わらず、柳につかみ掛かったままの赤也を見ていると、心臓が、今度はずくずくと痛んだ。 早く離れんしゃい。 そう思ってからすぐに、仁王は顔をしかめた。 何を考えとんじゃ、俺は。 「赤也の言う通りだよー。蓮二、それエロいよ」 二人の会話に、着替え終わったらしい幸村が加わった。 「エロ…?」 柳が戸惑ったように、眉根を寄せた。 ああ、もう、そんな顔しなさんな! 仁王は、心臓が今度こそ破裂して死にそうな痛みに耐え兼ねて、ロッカーの戸を勢いよく閉め、出口へと向かった。 ドアを開き、帰りの挨拶もそこそこに外に出る。 後ろから、丸井の「もう帰んのかよぃ」と言う驚いたような声が聞こえたが、構ってはいられなかった。 これ以上あそこにいては、何かが崩れてしまうような気がしたのだ。 柳と出会ったのは、中一の時で、その時、柳のテニスを綺麗だと思った。 いつからだろう。 柳のテニス、が、柳自身へと変わったのは。 「なんなんじゃ、一体」 仁王は、自分自身に呟く。 訳の分からない、胸のつかえを感じながら、仁王は、それから逃げるように校門を抜けた。 「仁王…!」 後ろから、名前を呼ばれて振り返る。 そこには、上は制服で下はジャージという、ちぐはぐな格好をした柳がいた。 珍しく、息が上がっているようだ。 仁王の心臓は、また大きく跳ねたが、平静を装う。 「なんじゃ、参謀、そんな急いで」 詐欺師の異名に相応しく、仁王は自分でも驚くほど普通の声が出せた。 柳は、ああ、と頷くと、こちらにノートを差し出した。 「お前のだろう。部室の机の上に置き忘れていたぞ」 そういえば、部活が始まる前に、サボっていた授業の板書を、丸井にノートを借りて写していた。 それを、そのまま、置きっぱなしにしてしまっていたらしい。 別に明日でもえかったんに。 頭ではそう思いながらも、心臓の方はじんわりとした温かさを広げていった。 嬉しいんかの?俺は。 「おお、すまんの」 「いや、ノートは無いと困るだろう」 それはお前さんだけじゃ。 「それじゃあ、仁王。明日は朝練があるから遅刻するなよ」 と言って柳は、微笑んだ。 「そりゃ、分からんのう」 そう軽口を叩くと、柳もその笑みを深めた。 さっきまで痛かった心臓は、もうそんなことは無くなっていた。 心地好い温かさを保ったまま、規則正しく身体中に血を運んでいるだけだった。 [←] | [→] |