02 屋上 「さーんぼ」 仁王が、授業をサボろうと屋上に行くと、先客がいた。 ベンチに腰掛けている薄い背中に、後ろから抱き着くようにして寄り掛かる。 「なんだ、仁王」 柳が、少し鬱陶しそうに振り向いた。 膝には、ノートが乗っかっている。 きっと、データをまとめてるんだろうと思いながら、仁王は掛けていた体重を少し軽くした。 あれから、仁王と柳は、特別仲良くも、悪くなることもなく、その微妙な距離を保ちながら、中学を卒業し、高校生になり、一年と半分が過ぎた。 「こんな時間に、こんなところで、何をしているんだ。サボりは良くないぞ」 「参謀だってサボりじゃ」 仁王が言うと、柳は可笑しそうに笑った。 「そうだな」 柳は、テストで学年のトップを取り、生徒会にも入っている。 優等生、であるはずの彼だったが、頻繁に授業をサボる仁王と、たまにここで鉢合わせていた。 きちんと根回しをしているのか、気にしないのか、サボりを指摘しても、柳が焦ることは無かった。 仁王のサボりについても、黙認しているようだった。 「隣、良いかの」 「駄目だと言っても、お前は座る」 「一応じゃ、一応」 そう言って、柳の隣に座る。 「昼休み明けの授業は、出る気がせん」 柳は黙っている。 「こんな良い天気なんに」 仁王は大きく伸びをする。 「参謀の隣におった方がええ」 柳はまだ黙っている。 黙って、膝の上のノートを見ている。 屋上で鉢合わせても、仁王と柳が話をすることはあまり無かった。 柳は、大体データをまとめているし、仁王も、寝ているか、持ってきたシャボン玉キットで遊んでいるかのどちらかだった。 たまに、どちらかが喋ってもこんな感じだ。 黙って聞いているか、適当な相槌を打つか。 仁王はそれが嫌いでは無かった。むしろ、この軽くてのろのろとした雰囲気が好きだった。 しかし、今日は、なぜか柳の声が聞きたかった。 目線をこちらに向けて欲しかった。自分に向かって、笑いかけて欲しかった。 「さーんぼ」 仁王は、柳に向かって手を伸ばした。その手が、柳の髪に触れる。 すると、柳は、伏せていた目を開いて、仁王の方を見つめた。 驚いてるんかの、珍しい。 お前さんの、そういう顔、もっと、見たい。 そう思った仁王は、触れていた手を下へと滑らせた。仁王の指が、柳の髪を梳く。 「参謀、綺麗じゃ」 柳の目に、戸惑いの色が浮かんだのを、仁王は見逃さなかった。 もっと、もっとじゃ。 「参謀…」 「男に綺麗だと言われても、嬉しくない」 ようやく、柳が口を開いた。 「女に言われたら、嬉しいんかの」 「綺麗という言葉自体、男には似合わない」 「照れなさんな」 「照れてなどいない」 「照れてるぜよ」 しばらく見合った後、柳は、ため息をついて、再びノートに目を落とした。 なんじゃ、つまらん。 「参謀」 「なんだ」 「眩しいのう」 そう言って、仁王は、太陽を指差す。 目線は、柳に注いだままで。 「ああ」 柳が、顔を上げて、目を細める。 「そうだな、眩しい」 ああ、本当に、眩しいのう。 仁王も、また、同じように目を細めた。 [←] | [→] |