13 ただ二人だけの部屋 「…仁王」 抱きしめあったままで、柳が仁王の名前を呼んだ。 顔を首元に埋めているせいで、その声はくぐもって聞こえた。 「なんじゃ?」 「いや、ただなんとなく」 その先の言葉を、柳は続けなかった。 仁王も何も聞かなかった。 冷たい空気の中で、お互いの息遣いと心臓の音だけが、異様なくらい耳に届いていた。 「参謀、俺、もう帰らんと…」 「ああ」 そう返事をしながらも、柳が仁王のことを離す様子は無かった。 「…参謀」 と、その身体を無理矢理引き剥がそうとする。 しかし、強い力で掴まれ、中々離すことが出来ない。 その細い身体のどこにそんな力があるのか、仁王には甚だ疑問だった。 「…本当にもう、帰らんと」 「嫌だ」 普段の彼からは、想像もつかないような、子どもじみた言い方だった。 その可愛さから、うっかり「しょうがないのう」などと言ってしまいそうになるのを、仁王はぐっと堪える。 そして、今度こそ、本気でその身体を引き剥がし、その顔を正面から見つめる。 「俺も男じゃき、こんな狭い空間に恋人と二人っきりんなって、そう長く我慢は出来んぜよ。意味、分かるじゃろ?」 と仁王は言った。 「やから、もう帰るぜよ」 「別に、良い」 柳の言葉を、仁王は一瞬理解出来ずに固まった。 「別に構わない。意味はちゃんと分かっている」 柳がもう一度繰り返した。 その言葉が、仁王の頭の中に伝わって、やっと理解を迎える頃、柳は仁王を思いっきり抱きしめた。 仁王は働かない頭を無理矢理回転させ、柳の身体を再び離す。 「…だめじゃ」 「なんで」 「無理してるじゃろ」 「していない」 「違う…。俺が、俺が無理なんじゃ」 そう言うと、柳は心底傷ついた顔をした。 慌てて、仁王は弁解する。 「そ、ういう意味やのうて」 「じゃあ、どういう意味なんだ」 仁王は、はあ、と大きく息を吐く。 「俺は、怖いんじゃ」 「怖い?」 「そう」 「なぜ?」 「参謀は綺麗すぎて、時々、俺はすごく怖くなるんじゃ」 「俺は綺麗なんかじゃないよ」 「綺麗じゃよ。少なくとも、俺には眩しすぎる」 柳の顔は、理解出来ないことを懸命に考えるように歪んでいた。 「怖いんじゃ…。綺麗な参謀を汚してしまいそうで」 柳が困ったように笑う。 そして、仁王の顔をそっと両手で包み込んだ。 「俺は綺麗なんかじゃないよ。…でも、仁王がそう思っているのなら、汚してくれたって構わない」 「それに、眩しいのはお前の方だ。俺はいつも、お前のことが眩しくてしょうがなかったんだ」 ああ、どうして。 どうして、この男は、いつも、俺の望んでいる言葉をくれるんだろう。 仁王は泣きそうな顔を隠すように、柳の身体をそっと押し倒す。 「絶対、幸せにしちゃるから」 と仁王は言った。 「もう十分すぎるくらい幸せだ」 と柳は言った。 [←] | [→] |