11 再び保健室 「泣いていらっしゃるんですか?仁王くん」 「…泣いとらん」 「そうですか。それは安心しました」 柳生は、そう言うと、ベッドの横の丸椅子に座った。 「何しに来たんじゃ」 と、仁王は上体を起こす。 「…先程、三階の廊下で、ひどく傷ついた顔をした柳くんを見ましてね。仁王くんと何かあったのではないかと思って、慰めに来たんですよ」 「慰める必要なんてないぜよ」 「ありますよ」 「何で…」 「柳くんが好きなのでしょう?」 「…なんじゃ、知っとったんか」 「ええ」 と、柳生は頷く。 「あなたのことは、あなたの次に良く理解している、と自負していますから」 「ほうか」 「…私はてっきり、二人の仲は上手くいっているものだとばかり思っていました」 その言葉に、仁王は顔を歪める。 上手く?そんなわけない。 「上手くなんていっとらん」 「あ、いえ。そのー…近頃の柳君は、とても楽しそうで」 「そうじゃろうな。…真田のおかげ、じゃろ」 そう言うと、柳生は、心底驚いた顔をして、顔の前で手をぶんぶんと振った。 「いやいや!違いますよ!私が言ったのは、仁王君といる時の柳君ですよ!」 「は…?」 「というか、なぜ真田君が出てくるんですか」 「それは…」 と、仁王は口ごもる。 「はあ、あなたは、他人の感情に敏感な方だと思っていましたが、こと恋愛となるとそうもいかないようですね」 柳生は、眼鏡の真ん中の部分を持ち上げる。 そして、仁王の目をじっと見つめた。 「あなたは何かしたんですか」 「何か…?」 柳生の口調は、珍しく怒っているようにも聞こえた。 「柳君に対して、考えているだけでは無いんですか?言いたいことを言いましたか?嘘偽りの無い言葉を、心からの言葉を言いましたか?」 仁王を見つめる柳生の瞳には、とても情けない顔をした仁王自身が映っていた。 柳生は続ける。 「柳君の言葉を聞きましたか?彼の言葉に耳を傾けましたか?ちゃんと、彼と向き合いましたか?」 向き合う…。 「諦めるには、早過ぎますよ、仁王君。あなたには、まだやるべきことがたくさん残っているんですから」 柳生の言葉は、仁王の中に不思議なくらい、すっと入ってきた。 そういえば、俺は、まだ何も柳に言うとらん。 柳にも、たくさんたくさん聞きたいことがあるんじゃ。 言いたいことは、もっとたくさんあるんじゃ。 「…と、まあ、私に言えるのはこれくらいで…」 「待ってよ」 突然、柳生の言葉を遮って、ついたてのカーテンが開けられた。 幸村だった。 「俺も言いたいことがあるんだけど」 「ほう…なんじゃ…?」 「あのさ」 と、幸村は仁王のすぐ傍に立つ。 「蓮二のこと泣かすなら、好きだなんて言うなよ」 次の瞬間、幸村は、仁王の頬を思いっきり殴った。 右頬に、衝撃が来て、それからすぐに熱くなった。 痛い…。本気で殴りおった。 仁王は、痛みに顔をしかめる。 「目、覚めた?」 幸村が呑気に言った。 「ああ、バッチリぜよ」 仁王が顔をしかめたまま言う。 「仁王君!?だ、大丈夫ですか…?」 慌てる柳生に、仁王は大丈夫だと頷いてみせた。 「…痛いんじゃけど」 「当たり前だろ?痛くなるように殴ったんだから」 「なるほどの…」 「俺さ、お前のこと応援するって言ったけど、あれ、無かったことにしといてよ。今の仁王に、応援する価値なんか無いもん」 「ほう…」 「今の仁王に、蓮二のこと、幸せに出来るとは思えない」 と、幸村は言った。 幸せに、か。 仁王は、ベッドから降り、幸村の前に立つ。 「出来る出来ないやのうて、するんじゃよ。参謀のことは、俺が絶対幸せにする。他のやつにはやらん」 と、仁王は力強く言い切った。 「…ふうん」 幸村は、無表情なままだった。 しかし、仁王と同じように強い眼差しで、その目を見返した。 「…蓮二なら家だよ」 「は…?」 「今日はもう帰らせたから、今頃家だよ」 聞くなり、仁王は走り出す。 後ろから、柳生の「頑張ってください!」という叫び声が聞こえた。 参謀が誰かを好きだとか。 それが真田じゃないかとか。 そんなことより、もっと、大事なことがあった。 伝えたい。 ちゃんと、伝えたい。 ただその一心で、仁王は柳の元へと走っていた。 ―お前が好きだと、伝えたいんじゃ。 [←] | [→] |