「なんだ、そんな端に座って」 どこに座ったら良いのか分からず、ソファの一番端に腰掛けた俺を見て、跡部はくっくと笑った。 言われて、少しだけ真ん中に詰めてみる。 跡部はトレーをそのままローテーブルに載せた。 小さなガラスの器が数個。 それぞれに、オリーブの塩漬け、カシューナッツ、あと、なぜか柿の種が盛られていた。 「柿の種が高級品に見える」 思わずそう言うと、跡部は益々可笑しそうに笑った。 俺に「そんな端に座って」と言った癖に、跡部はカーペットの上に腰を下ろした。 あぐらをかいて、ワインを開けている。 行儀が悪いはずなのに、様になって見えた。 キュポ、と良い音がして、ワインが開いた。 グラスになみなみ注がれていくのを見て、笑ってしまう。 「ほらよ」 「ありがとう」 渡されたワインの香りを嗅ぐ。 そこまで酒に詳しいわけではないが、良いワインだということは分かる。 「良いのか?こんな、高そうなワインを」 「どうせ、一人で飲むだけだ。お前が飲んでくれた方がずっと良い」 「そうか」 跡部がグラスを掲げたので、同じように掲げる。 「えーと、出会いに?」 「なんだ、それ」 思わず噴き出してしまう。 跡部が顔をしかめる。 「良いんだよ、こういうのは、嘘臭い方が」 どういう意味だよ、と聞こうとしたが、機嫌が悪くなっては嫌だな、と思ったのでやめた。 「へえ、じゃあ、跡部も全然会っていないのか」 既にワインは一本空いていて、二本目に突入していた。 酒のせいで、俺たちはいくらか饒舌になっていた。 昔の馴染みに出会ったという偶然も、それに拍車を掛けていたのかも知れない。 「会ってねえな。お前こそ会ってないってのは意外だな」 「そうか?」 「幸村とか真田とか、かなり仲良かったじゃねえか」 「まあ、そうだな」 二人の親友の顔を思い出す。 ぼやけてしまっている。 酒のせいだけではない。 「真田はプロになったんだっけか」 跡部が思い出したように言う。 「そうだったっけ…」 「おいおい」 「本当に全然会っていないからな」 「そうか。後は、手塚ぐらいか?俺たちの代でプロになったのって」 「そうだな」 眼鏡をかけた厳格そうな男のことを思い出す。 親友の二人よりもはっきりとしていた。 十五歳の姿だ。 「結構、活躍してるらしいぜ」 「そうなのか?」 「たまにテレビとか出てるぜ」 「家にテレビが無いんだ」 俺が言うと、跡部は肩をすくめる。 「まあ、そういうものなのかもな。いくら仲良かったっつっても、だいぶ昔のことだしな」 「そうだな。遠いな」 思わずため息をつく。 「十五歳がか?」 「ああ、遠い」 「俺も十五歳の頃は、お前と二人で酒を飲むことになるとは思ってなかったぜ」 「…っふ、そうだな」 「あの頃、自分は最強だと思ってた」 跡部が急に自嘲じみた笑いを漏らす。 サイキョー、と俺も小さく口ずさんでみる。 「なんでも出来ると思ってた」 やろうと思えば、何でも出来た。 未来が永遠に真っ白に輝いて見えた。 そんな時があったとすれば、やはり、十五歳のあの時だ。 「戻りたいか?」 と俺は揶揄する。 「いや、戻りたいとは思わない」 跡部はきっぱりと言った。 「そうか」 「お前は?」 「え?」 「お前はどうなんだよ。戻りたいか?十五歳の頃に」 「いや」 と俺もはっきりと言う。 「戻りたくはない」 時計の針が深夜二時をさしていた。 [←前へ] | [次へ→] |