物語は終わった | ナノ





次の日になって、ようやく跡部に会うことが出来た。
なぜ電話が繋がらなかったんだと聞けば、旅行に行っていたらしく、充電器を忘れてしまったとのことだった。
俺は、嘘だろうな、と思った。
そもそも旅行に行くなんて聞いたこともなかった。
跡部も信じ込ませようと思っていたのかどうか怪しかった。
しかし、俺は深く追求もしなかった。
知らんふりは得意分野だった。


あの居酒屋のカウンターの一番端に、跡部は腰掛けていた。
酒のほかに皿もいくつか置いてあったが、手をつけている様子は無かった。
「よお」
俺を見つけると、跡部は手をあげ、笑ってみせた。
「久しぶりだな」
「ああ」
「何飲む?」
とメニューを渡される。
「生ビール」
「今日、一杯目が二百九十円らしいぞ」
「それはラッキーだな」
前にいた店員に頼むと、すぐにグラスがカウンターに置かれた。
ロングピザの隣だった。

「どこに行っていたんだ?」
「は?」
「旅行」
「ああ。福岡だ。温泉にな」
「九州か、良いな。一人で行ったのか?」
「意外といるんだよ。一人で温泉に来る客っていうのはよ」
「そうなのか?」
「同じように一人で来てるやつと話したりできて面白かったぞ」
「跡部はそういうのが得意だな」
「そうでもない」
と歯を見せる。
その顔も演技なのだろうか。
これまで俺が見てきた跡部は、全て偽物なのか。
だとしたらなぜ、そんなことをするのか。
そこに、うちの会社のことが関わっているのか。
聞いたって、跡部が本当のことを話してくれるとは限らない。
しかし、少なくとも聞かないよりは何か得られる可能性は高い。
それでも俺は、その日もいつも通りにしていた。

怖かったのだ。
今までのことは全部嘘だ、言ったことにもしたことにも、一つも真実は含まれていない、そう言われるのが怖かった。
否定されたらと怯えていた。

だから、くだらないことを話し、笑い、大げさに肩を揺らした。
跡部もいつも通りに楽しそうにしていた。
知らんふりが得意なのはお互い様だ。



その日の夜、水蜘蛛の顧客リストが手に入った。
ほとんどが知っている会社だった。
いくつかはうちの会社とも契約している。
俺は目を皿のようにして、そのリストを眺めた。
この会社のうちのどれかに、跡部が関わっているのではないか、その証拠がそこにあるのではないかと探したが、当然そんなものはなかった。

画面の見すぎで疲れた。
リストは明日屋比久に渡せば良いだろう。
その先は他の人間の仕事だ。
そう思ったときに、携帯電話が机の上で振動して、振動のし過ぎで落ちた。
床で鳴り続けているそれを手にとって、開く。
跡部かと思って期待したが、そうじゃなかった。
「もしもし。お前は超能力者か」
「はあ?意味が分かんないって」
屋比久の不機嫌そうな声が聞こえた。
「今ちょうどリストが手に入ったところだったんだ」
「水蜘蛛の?」
「渡すなら明日で良いかと思ったんだが。…そのことを知って掛けてきたんじゃないのか?」
「いくら私でもそこまでは分かんないって。それより、明日時間取れる?」
「明日?」
「リストもそのときで良いから」
「分かった」
屋比久が急なのは、いつものことだ。
「なら、明日の午後四時に。社長の家で会いましょう。分かるわよね?前に一度話したところよ」


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