あの日から、跡部とは少しも連絡が取れなかった。 何度も携帯電話にかけたのに、そのたびに「電波の届かないところにあるか、かかりません」というアナウンスが流れるだけだった。 今日も同じだった。 俺は電話口から何度も聞いた女の人の声が流れると同時に通話を切り、更には電源も切った。 病院内はロビーを除いて電源をお切り下さい、と書かれた立て看板が目に入ったからだ。 貞治の入院している病院に来たのは数えるほどだった。 会社に関係を悟らせてはいけない、というのは言い訳で(事実、屋比久などはとっくに知っているのだから)、ただ単に耐えられないからだ。 ベッドから少しも動かない貞治を見るのも。 何も出来ない自分を痛感するのも。 ベッドの上の貞治は、前に見たときと少しも変わらなかった。 繋がれているチューブはドラマや映画で見るよりも随分少なくて、これで良いのかと不安になるが、それが貞治の命を繋いでいる。 ベッドの横に立ち、俺は貞治に話しかける。 「社長が死んだんだ」 今日はそのことを報告しに来た。 「どこの誰かは分からないが」 あれから、屋比久からの連絡はない。 水蜘蛛の顧客リストも手に入っていない。 「まだ弟は死んでいないんだ」 すまないな、と謝っても、貞治は許しはしない。 もちろん、咎めもしない。 「でも、もうすぐ終わる気がするよ」 なにもかも終わるんだ、と俺は憶測を口にする。 「きっと弟を殺すから」 そうか、と言ってくれる人はいない。 止めてくれる人もいない。 弟を殺したからといって、貞治が目を覚ますわけではない。 そんなのは単なる自己満足だ。 弟が死んで、貞治も目を覚まさなくて、そうしたら、俺はどうすれば良いんだろう。 その先はいつまでたっても真っ黒だ。 「そういえば、この間、跡部景吾に会ったんだ」 返事も反応もしない、抜け殻みたいな貞治を前に、俺はべらべらと喋り続ける。 「あいつのマンションで二人で飲んだんだ」 「高そうなワイン」 「可笑しいだろう?」 「跡部はあの頃とちっとも変わっていなかったぞ」 「いや、やっぱり変わっていたかな」 「安い居酒屋のメニューをほとんど覚えているんだ」 「でもあそこは美味いな。美味いし面白い」 「きっと貞治も行ったら気に入る」 「貞治はそうだな、フワフワッフルなんてどうだ」 「うん、きっと気に入るだろうな」 「あそこのアイスが食べたいな。黒蜜ときなこがかかったやつ」 跡部と二人で食べたのが、ずっと前のことのように思えた。 「思い出は美化されると言うけど、それって一週間前でも適用されるのか?」 [←前へ] | [次へ→] |