跡部が指定したのは、新宿の大衆居酒屋だった。 意外だった。 しかし、本人にそう言うと、よく来るんだと言っていた。 更に意外だ。 「…あ、これ美味いな」 「だろ?」 「このロングピザというのも、意味不明で良い」 「食べやすいしな」 「他におすすめは?」 「一番はアイスだな。黒蜜ときなこがかかってるやつ」 「跡部って、ハーゲンダッツしか食べないと思っていた」 「ハーゲンダッツって高級か?って中学の頃の俺なら言ってただろうな」 「ハーゲンダッツは高級だろ」 「今はそう思う」 「なんだ、会社上手くいってないのか」 「違う。世間一般と感覚が合ってきたんだよ」 「なんで?」 「はあ?」 「別に合わせなくても良かったんじゃないか?あの浮世離れした感じは中々面白かったぞ」 「そうも言ってらんねえだろ」 「まあ、今の跡部も十分面白いが」 「ああん?」 「こんな庶民的な居酒屋のメニューを知り尽くしている跡部」 「別に良いだろ」 「ああ、悪くない」 「こういうところにいると、色んな話が聞けて面白いぜ」 「そうなのか?」 「一人でいると、同じように一人でいるおっさんとかが話しかけてくるんだよ」 「なるほど」 「この間はよ、面白い殺人犯の話を聞いた」 「殺人犯に面白いも何も無いだろう」 「まあ、そうかも知んねえけど。とにかく変なんだよ」 「どんな?」 「そいつはサイレンサー付きのでっかい銃を持っててよ」 「いきなり嘘臭いな」 「こう、遠くから狙いを定めて、バン、と一発だけ撃つんだよ」 と跡部が銃を構えて、撃つ真似をする。 跡部はかなり酔っている。 俺もその話に相槌を打つくらいには酔っている。 「そしたら、狙われた方は、次の瞬間、死んでんだよ」 「百発百中、というやつか」 「だな」 「でも、そんなこと、テレビじゃ話題になってないじゃないか」 「お前んち、テレビないじゃねえか」 「じゃあ、新聞」 「それは、その殺人犯が、一般人は狙わないからだ」 「なら、どんなやつを狙うんだ」 「そりゃ、ヤバイやつだよ」 「どんなやつだよ」 俺みたいなやつか? 「とにかく、だから、ニュースでも取り上げられねえ」 「作り話だとしても、無理があるぞ、それ」 「で、一番面白いのは」 跡部は俺の話なんか聞いちゃいない。 「そいつが、いつも白と赤のボーダーの服を着てるってことだ」 「なんだそれ、摸図かずおか」 「違えよ、ウォーリーだよ、ウォーリー」 「はあ?」 「なんだ、柳、ウォーリー知らねえのか」 「あれか、ウォーリーを探せ、か」 頭の中に、とにかく人がたくさん描かれた絵本が思い浮かぶ。 その中から探すのは、白と赤のボーダーの服を着て、眼鏡をかけた青年だったはずだ。 「そう、それ。ネットでは、結構話題になってるらしいぜ。伝説の殺し屋、ウォーリーを探せ」 「探してどうするんだ」 「殺人を依頼すんだろ、そりゃ」 「一般人は殺さないんだろ」 「そうだったか?」 「なんだ、跡部は殺したいやつでもいるのか?」 俺はいるぞ、と心の中で呟いてみる。 「まさか」 と跡部が笑う。 「柳はいんのか?」 「まさか」 俺も同じように笑う。 [←前へ] | [次へ→] |