「俺さ、蓮二の家遊びに行く時、仮病使ってあげよっか」 「そりゃどうも」 幸村の嬉々とした顔を見て、頼むから余計なことをしないでくれ、とは言えなかった。 言ったって無駄だからだ。 校庭から、ジャッカルが「そこ二人、来いよー」と呼ぶのが聞こえた。 俺たちは、どちらからともなく立ち上がる。 柳がやって来たのは、その後だった。 校庭にふらりと現れた柳を見て、幸村が「どうしたの?」と言って真っ先に駆け寄った。 俺もそれについていった。 「図書室に行ったら、窓から校庭が見えて」 柳が一階の図書室を指さす。 「二人がテニスをしているのが見えたから、見学に来てみたんだ」 と笑う。 見学、という言葉は柳に似合わず子どもっぽくて可愛らしかった。 「そっか、大歓迎だよ」 な、仁王!と幸村が俺の肩を叩く。 痛、と顔をしかめながらも、うん、と頷く。 柳を見ると、嬉しそうに笑っていた。 心臓がじくじくと痛み出した。 肩の痛みなんてすっかり忘れてしまう。 その綺麗な顔を、自分にだけ向けてくれればどんなに良いだろうと考えてしまう。 俺は相当参っている。 「ここじゃあれだし、向こうに行こうよ」 幸村の言った向こう、とは部員が打ち合いをしている方だ。 柳が、ああ、と頷き、俺も二人の後を追う。 「はいはい、注目ー」 打ち合いをしている部員に向けて、幸村が手を鳴らす。 途端に、ボールを打つ音が止み、視線がこちらに集中した。 「はい、この人、今日転校してきた柳蓮二くん。見学に来ました。皆、仲良くするように」 先生のような口調で幸村が言う。 ふざけているのか真面目なのか分からない。 「あ!」 「何、赤也」 「あ、いや、その…昨日、見た人だなあって」 赤也はなぜか、もじもじしている。 「ああ」 と思い出したように声を上げたのは柳だった。 「あれか、赤い自転車に乗っていた」 「そ、そうっス!覚えてますか!?」 赤也が急に興奮気味になる。 「覚えている。もの凄いスピードで横を通り過ぎていったから」 「あ、そうなんスよ。シャンプー切れてて、いっそいで買いに行ってたんで。あ、でもっ、そのすぐ後、急ブレーキしたんスよ?めちゃめちゃ綺麗な人がいたから、もう一度見ようと思って。そしたら、あんたもういなくて…って、すんません、なんか…」 ものすごい勢いでまくし立てる赤也に、柳はくすりと笑みを返す。 「よろしく…赤也?」 赤也が妙にかしこまって、「よ、よろしくお願いします!」と言ったものだから、どっと笑いが起きた。 柳も笑っていた。 柳は、打ち合いをする俺たちを、横で見ていた。 何をするでもなく立っているだけで暇じゃないのか。 と、一度気になってそっちを見たら、目が合った途端に柳がにっこりと笑ったものだから、俺は柳生が打った球をあっさり見送るというミスをした。 それを見て柳が笑みを深くしたので、かあっと全身が熱くなって、思わず目を逸らしてしまうし、柳生には文句を言われるし、幸村にはからかわれるしで散々だった。 部活の終了を促す校内放送が流れたところで、幸村の号令で、練習は切り上げられた。 着替えるために部室に行こうとする集団にまぎれて、柳は「先に失礼する。今日はありがとう」と告げて先に帰ってしまった。 俺は柳と目を合わせることが出来ずに、わざとらしく下を向いていた。 そのことに目ざとく気付いた幸村に、部室でまたからかわれた。 最悪だ。 家に帰ってから、俺は自分の行動が変だったんじゃないかと思って、ぐじぐじと悩んでいた。 というか、目が合ったのに逸らされて、帰りの挨拶さえもしなくて。 なんだこの失礼なやつは、とか、嫌なやつだな、と思われていたらどうしよう。 「ちょっと雅、聞いてんの?」 ぼけっとしていたからだろうか。 母親がきつい目を更に吊り上げて睨んでいた。 「聞いとらん」 正直に答える。 柳に嫌われなかったかと考えていたら、いつの間にか夕飯の時間になっていたらしく、それでもまだ考えていたら、母親が話かけてきたのにも気付かなかったようだ。 「だから、あんた、来週の水曜、部活無かったわよねって」 「まあ、そうじゃけど…って嫌じゃよ」 「まだ何も言って無いでしょう」 母親が呆れたような声で言う。 だって、何を言われるか分かっている。 「どうせコキ使おう思っとるんじゃろ」 「まさか。ただちょこっと荷物運びを手伝ってもらおうってだけよ」 ほら、やっぱりな。 [←前へ] | [次へ→] |