俺はずっと、自分は人を好きになれないんだと思っていた。 誰かを恋愛感情で好きだと思ったことが無かった。 そのことに、父親の不倫が関係しているのかも知れないと考えもしたが、そうじゃない。 気持ちが悪いのだ。 少しの望みを託して、好きだと言ってくる女の子と、誰彼構わず付き合ったことがある。 デートをして、手を繋ぎ、キスをして、セックスをした。 しかし、そのたびに、俺は吐き気がするほどの嫌悪感を抱いてしまった。 やっぱり、自分はおかしいんだと思った。 それなのに、適当な付き合いをやめられなかった。 誰かが好きだと言ってくれている間は、自分がおかしいという感覚が薄れるような気がしたからだ。 幸村が話しかけてきたのは、そんな高校一年の半ばだった。 場所は区役所。 俺は母親の荷物運びに呼び出されていた。 「この間見たよ」 と母親を待っていた俺に、幸村は何の前触れもなく話しかけてきた。 その時は、幸村とは部活が同じなだけで、特に仲良くもなく、言ってしまえばほとんど話したことも無かった。 「は?」 「一組の中野と歩いてるとこ」 「ああ、そう」 「でも、次の日は吉沢とキスしてた」 「見たんか」 「バッチシ」 と幸村は無表情なまま、顔の横で親指を立てた。 「この狭い町であんまり無茶しない方がいいと思うよ。刺されるかも」 グサっと大げさな効果音を出して、幸村が腹に刃物を刺す真似をする。 「前例を知っとるだけに、冗談に感じられんのう」 「まあ、冗談じゃないし」 「気持ち悪くないの」 唐突に幸村は言った。 にやり、と右の口角が不自然に上がる。 悪魔が笑ったらきっとこんな風だろうな、と思った。 俺は無言で彼を睨んだが、幸村は全く怯む様子もなく、こう言ってのけた。 「女とするの、気持ち悪いんじゃない?」 絶句、だった。 そしてそれは幸村にとって、十分な答えだったに違いない。 「俺さ、ずっと思ってたよ。仁王は同性愛者だって」 また、絶句、だった。 ありえない。 そう思うよりも、そうかもしれない、と思う方がしっくりときた。 だけど、そこでそれを認めるのは悔しかったし、俺はそれなりに混乱もしていた。 「明日うち来なよ。確めさせてあげるからさ」 あ、これは悪魔の囁きだ、と思ったのに、知らないうちに俺は頷いていた。 悪魔の力に違いない。 [←前へ] | [次へ→] |