「俺ともよろしくしてよ、蓮二」 柳の向こうから、幸村が身を乗り出してきた。 柳の肩をがばっと抱きしめ、にっこりと笑う。 「…知り合いなん?」 と俺は尋ねる。 幸村がいきなり下の名前を呼んだことには別に驚かなかった。 彼は、初対面だろうと大体の人間に馴れ馴れしく接していたし、それを許される雰囲気を自分が持っていることも知っていた。 しかし、そういう時でも幸村は、相手には分からないような、それでいて鋭い警戒心を持っている。 今はそれが無い。 「昨日挨拶しに来てくれたんだよ」 そういえば、赤也は幸村の家の前で柳を見たと言っていた。 「うちの隣にアパートあるじゃん、ばあさんの管理してる。そこに越してきたんだよね」 「ああ」 「一人で?」 幸村の祖母が管理しているアパートは、どの部屋もワンルームだ。 家族で越してくるとは思えない。 「そうだな」 なんで、と出かかった言葉を、慌てて引っ込める。 高校生が一人で、それもこんな中途半端な時期に越してきたのには、何か特別な理由があるに違いないと思ったからだ。 「ね、蓮二は部活入るの?」 「二人は何かやっているのか?」 「俺も仁王もテニス部。っていっても、お遊び程度なんだけどね」 幸村の言葉に、俺も同調するように頷く。 テニス部、といっても、部員は二十人いないくらいだし、活動も週に三回しかない。 大会に出て全国に行くぞ、みたいな意気込みは感じられるはずもなく、幸村いわく、とにかく楽しく!をモットーに活動している。 「部活に入るつもりはないな」 「そうなの?」 「ああ」 「そっか、じゃあ、放課後は暇だってことだよね」 「そうかも知れない」 「じゃあさ、家に遊びに行っても良いよね」 幸村の言い方は優しいが、相手にノーと言わせない力強さを持っている。 いつも他人の迷惑は考えないし、その大体は許される。 でも、俺は今すぐ幸村に怒鳴りたくなった。 そんな不躾なことを言って、柳が気を悪くしたらどうするんだ、と言いたかった。 しかし、俺のそんな考えも、次に幸村が言った一言でかき消されてしまう。 「あ、もちろん、仁王も一緒だよ」 幸村様々、だ。 「嬉しいだろ」 放課後、週に三度のテニス部の活動が今日だった。 打ち合いの合間に木陰で休んでいると、上から声が降ってきた。 幸村だ。 「嬉しいだろ」 と彼はもう一度繰り返す。 何が、とは聞かなかった。 バレている、と思ったからだ。 よっこいせ、と声をかけて、幸村が隣に腰を下ろす。 「俺さ、最初に蓮二を見た時に思ったんだよ。あ、こいつ、絶対仁王のタイプだって」 「ほうか」 その気のないような声を返す。 「どうだった?」 「どうもこうも、お前さんの思った通りじゃ。タイプもタイプ、ドンピシャリじゃよ」 とふざける。 「やっぱりね」 と幸村は子どもっぽい笑顔を見せた。 [←前へ] | [次へ→] |