「仁王?」 幸村が、いつまでも馬鹿みたいに突っ立っているから不審に思ったんだろう、小声で俺の名前を呼んだ。 「座んないの?」 「ん、ああ…うん」 上の空で返事をし、ほとんど倒れこむみたいに椅子に座った。 はあ、と何かを逃がすように大きく息を吐いたところで、俺は、この席からの風景がいつもと違うことに気がついた。 ああ、そうか。 隣の席だ。 生徒の数が中途半端だからか、このクラスには、机の五個並んだ列と四個並んだ列があった。 そのせいで、一番後ろの三つの席だけがはみ出していたのだ。 俺の席はその三つのうちの窓側で、一つ空けた隣の席が幸村だった。 その俺と幸村との間に、今日は新しく机が置いてあった。 もしかして、と思った時には、もうその席に転校生の柳蓮二は来ていた。 俺はまじまじとその顔を見てしまう。 見られていることに気付いたのか、彼がこっちを向いた。 ピタリ、と目が合う。 柳蓮二の表情が歪む。 驚いているように見えた。 しかし、すぐに何事も無かったかのように、視線は前に戻された。 担任が出て行ったのか、急にぶわっと教室が騒がしくなった。 そこでようやく俺は、はっとして柳から目を逸らす。 いかんいかん。 どう考えても見すぎじゃって。 そう思って逆方向を向いてみるも、柳のいる方が気になってしょうがない。 右半身だけに神経が回っているような気分だった。 「あの」 その右半身から声がして、俺は思わず跳び上がりそうになった。 事実、心臓は信じられないくらい跳ね上がったのだから、身体も数センチは浮いたかもしれない。 振り返った先に柳がいたものだから、俺の心臓は更に浮いた。 「なんじゃ…?」 「あ、いや、その、俺の名前は柳蓮二というんだが」 うん。知っている。 さっき聞いてから、もう五十回くらいは頭の中でその名前を繰り返した。 柳は言いにくいことを言うように、顔をぎゅっとしかめた。 「…君の名前は何と言うんだ?」 「あー…仁王雅治」 俺の答えを聞いた柳は、しかめていた顔を一気に解いた。 安堵したようにも見えたし、落胆したようにも見えた。 「そうか」 と柳は息を吐き出す。 「よろしく、仁王」 そして、ふわり、と柔らかく笑った。 少し変てこだったが、それが、俺が柳と交わした最初の会話だった。 [←前へ] | [次へ→] |