海が見える町 | ナノ





「走れ、仁王!赤也!」
真田が走りながら後ろを振り返った。
「ういーっス」
と赤也がやる気の無い返事をしながらも、言われた通りに走り出したので、俺も走る。
静かな階段に、三人分のバタバタという足音が響く。

校舎の一階は職員室や図書室や、俺が毎月お世話になっている生徒指導室などの特別教室だけがあり、生徒が良く使う教室は二階にあった。
一学年が二クラスずつしかないので、全学年の教室が二階に押し込められている。
階段を登るのが余程嫌なのか、赤也なんかはよくそのことに文句を垂れていた。

「んじゃ、また!」
と言って、赤也が手前の教室のドアを勢い良く開けて入って行った。
すぐに先生の怒鳴り声が聞こえてきた。
真田が、ふん、と鼻を鳴らす。

真田が隣の教室のドアを開け、入っていくのに続いて、中に入る。
「おーい、仁王はまた遅刻か」
担任が間延びした声を上げた。
この担任はのんびりとしていて、あまり生徒を叱ることも無かったが、必要以上の接触を避けているようにも見えた。
小さく頭を下げてから、ちら、とそちらを見る。

時が止まった。
ような気がした。

「まあ、いいや。今、転校生紹介してたからな」
担任の言った言葉が、右から左に抜け落ちていく。

黒板の前に立っている生徒から、目が離せなかった。

赤也の言った通りだ。
日焼けなんて少しもしていない、真っ白い肌。
袖口から覗く手も、細い首も、びっくりするぐらい白い。
その反対に髪は真っ黒で、同じように、伏せられた目元を縁取る睫毛も艶やかに黒い。
彼だけが、古い、静かで上品なモノクロ映画のようだ。
そんな色の無い白と黒の世界で、唇だけが薄っすらとした桜色に色づいていて、それが妙な色香を漂わせている。
すごく綺麗で、でも生きているのかと不安になるような、幽霊とか人形じみた雰囲気を纏っていた。

「柳蓮二です」
そう言って、彼は少しだけ微笑んだ。
いや、実際にはぴくりとも笑いはしなかったのかもしれないが、俺にはそう見えたのだ。

彼の声が頭の中で何度も反響した。
涼やかで透き通った透明な声だ。
脳みそがぐらぐらと揺れて、眩暈がした。
身体がばらばらになって、そのまま崩れてしまいそうだった。

つまりは、一目惚れだった。

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