ず、と蓮二が鼻を啜るのが聞こえた。 そこでようやく俺は腕を緩めて、蓮二を解放する。 蓮二は俺を縋るように見つめていた。 捨てられた子犬とか、そういうものがする目のようにも思えた。 「呪いでもなんでもええよ。蓮二がおってくれるなら」 「雅治…」 「もうこの話は終わりじゃ」 場違いに明るい声を出して、俺は話を閉じた。 許すも許さないも口にしなかった。 この話が解決することはたぶん永遠にないんだろう。 だから終わりなのだ。 きっと、俺たちがこの話をすることももう永遠にない。 そんな気がした。 その夜、俺は今までで一番優しく蓮二に触れた。 大切に大切に、母親が子どもにするみたいに抱きしめた。 「好きじゃ」 「俺も好きだ」 「もうどこにも行かんで」 「どこにも行かない」 「本当に?」 「約束する」 毛布に隠れて手を握って、身体をぎゅっとくっつけて。 そうしていると、ずっと前に感じていた不安はなりを潜め、足りないと叫んでいた俺はどこか遠くに行ってしまった。 「でもきっと」 と蓮二が俺の顔を覗きこんでくる。 「これから大人になって、雅治がたくさんの人と出会って、もしかしたら俺より惹かれる人が現れたとして」 「そんなんありえんよ」 「もしかしたらだ」 そんなの絶対にありえない。 断言できる。 「きっとそうなった時に離れられないのは俺の方なんだろうな」 「それくらい俺のことが好きっちゅーこと?」 「そうだな」 蓮二は頷く。 「うん。きっとそうだ」 「俺は絶対に蓮二から離れたりしないぜよ」 「だと良いな」 「絶対じゃ」 「絶対か」 だと良いな、と蓮二はもう一度呟いた。 「泣いて、もう勘弁してくださいって言われても、ずっと離したらん」 「覚悟しておく」 と言って、蓮二は顔を崩した。 琥珀色の瞳の中に、似たような顔をした俺がいた。 前を歩く蓮二のローファーが、海岸に跡を残している。 俺の後ろにも同じように長丸い足跡がついているんだろう。 放課後、蓮二が俺の家に来ることになったので、その途中、海に寄り道していた。 このところの雨が嘘のように晴れ、ついに梅雨明けだそうだ。 ブレザーを脱いだ背中に太陽の光がじりじりと暑い。 あの後、蓮二はうちに来るのを少し嫌がっていた。 遠慮していた、といった方が正しい。 でも、俺が、母親は既に知っているような気がすると言ってからは、また以前のようにうちに来てくれるようになった。 母親は相変わらず、残業だ休日出勤だといつも通りうるさくしていたけど、やっぱり蓮二のことを知らないようには思えなかった。 この辺には、俺の勘の他に希望も混じっている。 「なあー」 蓮二の背中に向けて、俺は大きく声をかける。 蓮二が振り向く。 唇が、なんだ?と動いたのが分かった。 「暑くてたまらん。アイス買って行かん?」 「そうだな。じゃあ、そろそろ行くか」 と言って、こちらに駆け寄ってくる。 「あー、ほんま暑い」 「アイス、溶けないか?」 「帰ったら即効冷凍庫行きじゃ。変な形に固まるかも知れんけど」 「なら走るか?」 「うえ、勘弁じゃ」 と俺は顔をしかめる。 蓮二は困ったように笑う。 しょうがないな、と困ったように。 堤防の横の階段を、蓮二に続いて登る。 コンクリートで出来た堤防は、この暑さで結構な温度になっていそうだ。 これでまだ十度以上気温が上がるのだから、夏というのは計り知れない。 ふと、階段の途中でなんとなしに海の方を見やる。 日の光を反射して、水平線は真っ白く光っている。 それはもう、冷たい春の海ではなくなっていた。 父親が投げ捨てられたあの海でもない。 俺が冷たい海に沈む妄想にかられることも、きっともうない。 ないんだろう。 たぶん、一生。 「…雅治?」 背中から聞こえた声に、慌てて振り返る。 堤防の向こう側、既に階段を登りきった蓮二が、にっこりと笑って手招きしている。 おう、と小さく返事をし、俺は階段を登りきる手前で膝を曲げ、熱いコンクリートに手をつくと、蓮二のいる方へ、堤防を勢い良く飛び越える。 -end- -------------------- 親を殺した相手の子どもを好きになる、という設定は白夜行から拝借しました。 といっても私は映画館で予告を見たくらいなので、内容は全く違うと思います。パロとも呼べない、一番大きな設定パクリ、です…。 もし内容が被っていたらまさかの東野先生とシンクロ!なんですがありえないですねきっと! それでは、ここまでお読みいただき本当にありがとうございました! 5/12 管理人:きほう [←前へ] | [→] |