家に着いた時には、俺も柳もすっかりびしょ濡れだった。 シャツがぴったりと張り付き、ブレザーは重たくなっている。 玄関には、すぐに二人分の水溜りが出来た。 「ありえんくらい濡れたのう」 「寒い」 「じゃな。このまんまじゃ風邪引くナリ。さっさと風呂入ろ」 靴を脱いで、廊下を歩く。 歩いたところから水浸しになっていくが、気にしてもいられない。 後で拭こう。 覚えていたら。 「今日もお母さんは仕事なのか」 「働き手は一人しかいないけぇ」 リビングを通って、風呂場まで行く。 「お、今日はチビ助もおらんのう。なーんて、分かっとったけど」 わざとらしくニヤニヤとした笑みを作ると、柳は平然とした顔をして、「大丈夫だ。約束は破らない」と言った。 自分の家に柳がいる。 それだけじゃなく、脱衣所で一緒に服を脱いでいる。 信じられない。 柳がブレザーを脱ぎ、ネクタイを取り去り、ベルトを引き抜くのを、俺は思わず凝視してしまった。 「そんなに見られると脱ぎ辛いんだが」 「んじゃ、俺が脱がしちゃろか」 「結構だ」 俺の手をぴしゃりと払って、柳は背を向けてしまう。 しょうがなく、見るのをやめて、俺も濡れた制服を脱ぐ。 全て脱ぎ去ってから、柳の方を盗み見る。 シャツが、ばさりと床に落ちる瞬間だった。 白いシャツから、同じくらい白い背中が現れる。 あ、と息をのんだ。 柳の背中の真ん中にくっきりと傷跡があった。 十五センチほどの、細長い三日月形の傷跡だ。 どのくらい古いものかは分からないが、しっかりと残され、今でもその痛々しさが十分に伝わってくる。 「それ…どうしたん…」 俺は震える声で言う。 そして、白い背中に刻まれた傷跡に指先でそっと触れた。 柳は顔だけを、ゆっくりとこちらに傾ける。 「小学四年生の時に、トラックに跳ねられたんだ」 そのトラックを運転してたやつを、今すぐ殺してやる、と思った。 「跳ねられたと言っても、実際には車体が少しかすったくらいで、そんなに大事では無かったんだが、倒れこんだ先のフェンスの針金が出ていて、そこに引っ掛けてしまったんだ」 「まだ痛む?」 とその傷跡に触れた指先を、下に滑らせる。 「いや、もう全く」 「でも跡がこんなに残っとる」 「良いんだ」 柳は優しく諭すような口調で言う。 「悪い子にはバチが当たるんだ。そうだろ?」 と歯を見せる。 「なんで柳が悪い子なんじゃ」 「悪い子の子どもは悪い子」 柳は鼻歌を口ずさむようだ。 「だから、そんな顔をしないでくれ」 そう言った柳が身体を反転させる。 傷跡は指先から離れ、代わりに唇が触れ合った。 俺が泣きそうになったのは、柳を可哀想だと思ったからじゃない。 それどころか、俺は場違いにも、その背中に残る傷跡を綺麗だと思ってしまった。 泣きたくなるくらいに、それは完璧な美しさだった。 [←前へ] | [次へ→] |