「のう、本当にふけんの?」 「授業にはちゃんと出ないと」 俺の何回目かの誘いに、柳も何回目かの苦笑いを返した。 あの後屋上で何度もキスをして、もう押し倒す寸前!ぐらいまでいったのに、昼休み終了五分前のチャイムが鳴ると、柳は急に立ち上がって授業に行くと言い出してしまい、それに反対した俺との間を取って、放課後に俺の家に来るということになった。 でも、俺はまだ納得がいかない。 授業なんてこれから何百回とあるけど、柳は次の瞬間には俺の目の前からいなくなってしまうような気がして、実際にそんなことはありえないけど、だから俺は一刻も早く柳を自分のものにしてしまいたかった。 柳にそう言ったら、「俺はもうお前のものだ」という殺し文句が降ってきて、うっかりほだされそうになってしまったがそうはいかない。 「あー…面倒じゃ」 教室に続く廊下で、恨みがましく声を上げる。 「あとたったの二時間じゃないか」 「十分長い」 「仁王…」 柳が困ったように笑う。 「家に行ったら、何でも言うことを聞くから」 「言ったな。嘘ついたら一生許さんぜよ」 「約束だ」 柳が小さな子どもがするみたいに、小指を差し出す。 俺がそれに同じように小指を絡めると、にっこり笑って「ゆーびきーりげーんまーん」と歌い出したものだから、思わず噴き出してしまった。 六時間目の終わりから、急に雨は降り出した。 母親の予言は当たった、と俺が馬鹿馬鹿しいことを考えているうちに六時間目は終わり、教科担当と入れ替わりで入ってきた担任教師が一瞬でホームルームを終わらせた。 日直のやる気の無い「きりーつ、れー」の後に、更にやる気の無いさようならが続く。 教室が一気に開放的に、騒がしくなる。 「柳、帰ろ」 俺もさっさと椅子から立ち上がり、柳の腕を引っ張った。 柳は何も言わずについてくる。 下駄箱で靴に履き替える。 と、そこで、それまで黙っていた柳が、「ちょっと待て」と俺のブレザーを引っ張った。 「なんじゃ、今更待ったはなしじゃよ」 「そうじゃない」 柳が外の方を見やる。 「傘を持っていないんだが」 と手のひらを見せて、困ったような顔をする。 降参のポーズにも見えた。 「柳は絶対持っとるって思っとったぜよ」 「天気予報で雨だということは知っていたんだが、元々傘を持っていなかった」 「なるほど」 俺は首を捻る。 「うーん、俺も傘持ってないぜよ」 「スーパーで買うか?」 「そこまで行くのでもうずぶ濡れじゃろ」 なんて言ってみるが、答えはもう決まっていた。 そもそも、選択肢は一つしかないのだ。 「んじゃ、走ろ。うち入って、即効で風呂入れば平気じゃよ」 に、と笑う。 「ほれ、はよう」 柳の腕を引き、ザーザー降りの雨の中へと飛び出す。 「青春ごっこじゃ!」 「素晴らしき日曜日、みたいだ」 「今日は月曜日じゃよ」 雨の轟音をかき消すかのように、俺たちは、はしゃぐ。 [←前へ] | [次へ→] |