夕飯を食べ終わってから、そういえば電気ポットはどうなっただろうと見てみると、ちゃんと機能していた。 熱いお湯で緑茶をいれて、それを飲みながら色々なことを話した。 好きな食べ物、血液型、面白かった本や映画の話。 柳が年間600冊も本を読むと聞いた時は、思わず、嘘じゃろ、と言ってしまった。 東京でどの辺りに住んでいたのか聞けば、ちょうど今姉が住んでいるところと同じだった。 俺はまだ一度も行ったことが無かったから、行ったら案内して欲しいと言えば、東京は東京でも何も無いところだ、と言っていた。 似たようなことを、大学に進学したばかりの頃の姉も言っていたような気がする。 それから、学校でのこれからの行事なんかについて話していれば、気がついた時には十時を回っていた。 門限があるわけでもないが、あまり長くいすぎるのも悪いような気がしたので、そこで話を切り上げて帰ることにした。 「んじゃ、ごちそうさん」 玄関まで見送りに来た柳に言う。 「こちらこそ、今日はありがとう」 ドアを開けると、春なのにひんやりとした空気が舞い込んできた。 「また明日」 柳が小さく手を振る。 「おん。…あ」 「どうした?」 「や、その、また来てもええ?」 「いつでも」 階段を下り、アパートの前の通りで、柳の部屋の辺りを振り返る。 住人がまちまちのアパートで、電気が点いているのはその部屋だけだった。 「ただいま」 軽い足取りで家に帰った。 いつもは辛い坂道も、今日はあっという間だった。 「おかえり」 「おかえりい」 リビングに顔を出すと、母親と弟がテレビを見ながらだらだらと過ごしていた。 「ご飯食べてきたの?」 「食ってきた」 「まったく、連絡してよね」 「あ、まじで忘れとった」 じと、と睨まれる。 「まあ良いけど。で、電気ポットは?」 「ああ、柳にあげた」 「はあ!?」 しれっと言い放つと、母親の顔は一瞬にして般若のようになった。 おー、こわ。 「しょうがなかろ、柳んち電気ポット無いんじゃから」 と言って、逃げるようにリビングから立ち去り、階段を駆け上がる。 階段の下から、「ちょっとどういう意味よ、雅治」という叫び声が聞こえたが、無視しておいた。 鞄を床に放って、ベッドにごろんと横になる。 それから、すぐに起き上がって、窓の外を見てみる。 空はもう真っ暗で、町も暗い。 学校があっちじゃから、と柳のいる方をじっと見て、それから、またベッドに横になった。 早く明日になれば良いのに。 [←前へ] | [次へ→] |