「なんか俺、餌付けされとるみたいじゃ」 柳の作った豚の生姜焼きを食べながら、言う。 好きな食べ物はなんだと聞かれて、肉、と答えたらこうなった。 献立は他に、ほうれん草の胡麻和え、じゃがいもとワカメの味噌汁、冷奴だった。 どれも美味しい。 「やっぱり、柳って料理上手いんじゃね」 「一人の時はもっと適当だ」 「別に俺、適当でも平気だったんに」 「つい見栄を張ってしまったんだ」 と柳が照れ臭そうに鼻の頭をかいた。 「なあ」 「ん?」 「聞いてもええ?」 「なんだ、改まって」 「なんで一人でこんなとこ来たん?」 冷奴に伸ばされた柳の箸が止まる。 やっぱりまずかったか、と思っても、一度口にしてしまった言葉は、もう元には戻せない。 柳はじっと俺を見つめる。 俺も目線を外すことが出来ない。 やがて、柳は、ふう、と息を吐き出した。 「秘密だ」 そして悪戯っぽく笑った。 「秘密…?」 「そう」 あ、はぐらかされたんだ、と気付く。 「仁王は?」 「へ?」 「仁王はずっとこの町にいるのか?」 「産まれた時からずっとここじゃ」 「これから先は?」 言われて、うーん、と考えてみる。 「さあ、分からん。都心に行くかもしれんけど、正直今はまだ何も考えとらん」 「そうか」 「柳は?これから先ずっとこの町にいるん?」 「たぶん」 「ふうん」 「んじゃ、俺もずっとここにいる」 「なんだ、それは」 と柳が苦笑いをする。 本気だ。 お前のいるところにいたい。 そう思ったけど、言わなかった。 言えなかった。 柳は、ある日突然どこかへ行ってしまう、なんだか無性にそんな気がした。 [←前へ] | [次へ→] |